2021年12月14日(火)
「日本共産党常任活動家の墓」第36回合葬追悼式
田村副委員長のあいさつ
11日に開かれた「日本共産党常任活動家の墓」第36回合葬追悼式で、田村智子副委員長が行ったあいさつは次のとおりです。
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「日本共産党常任活動家の墓」合葬追悼式にあたり、中央委員会を代表してごあいさつ申し上げます。
中央委員会がこの八王子の地に、全国の常任活動家や議員の方々の共同の墓地を建立したのは1986年でした。党員の業者から寄贈を受けた墓石には、当時の宮本顕治議長の揮毫(きごう)で『不屈の戦士ここに眠る』と刻まれています。全国の常任活動家の合葬を行うようになり、合葬追悼式は今年で36回を重ねてきました。
今回、新たに合葬された方は、先ほどお名前を紹介した199人のみなさまです。北海道から沖縄県まで、任務や役割はさまざまですが、日本共産党員として党活動を担ってこられました。小林多喜二や野呂栄太郎などの戦前の党活動家、さらに戦後の党の礎を築いた諸先輩や党専従者の方々などと合わせて、4836人のお名前が銘板に刻まれました。
一昨年までは、ご遺族のみなさんにご案内し、遺族代表の方から故人を偲(しの)ぶごあいさつをいただいてきましたが、昨年、新型コロナ感染症のパンデミックのもとで、これまでの開催様式を検討し、追悼式は中央関係者によって執り行うこととしました。
本日、ここに足をお運びいただくことができなかったご遺族のみなさんと深い哀悼の思いを共有しながら、合葬されるお一人おひとりに思いをはせております。
今回の合葬追悼式は、総選挙の日程を考慮することとなり、追悼式に選挙の結果のご報告もと思ってきました。
日本共産党は沖縄1区で赤嶺政賢さんの宝の議席を守ることができましたが、比例代表選挙では11議席から9議席に後退したことは本当に悔しく、残念な思いでいっぱいです。
11月27、28日の2日間をかけて、第4回中央委員会総会を開き、総選挙の総括と、7カ月後の参議院選挙で勝利・躍進するための方針を決定しました。そして、今月から来年1月末までを「4中総徹底と反転攻勢めざす特別期間」として、その具体化、実践を始めているところです。
今回の総選挙は、共通政策、政権合意、選挙協力という、本格的な野党共闘の態勢をつくって挑み、日本共産党が初めて「政権交代」を掲げる歴史的な選挙となりました。
憲法を踏みにじる強権政治、その上、新型コロナでの無策を続ける自民・公明政権に対して政権交代を正面から訴えたことは、野党として当然の役割だったと確信しています。また、野党共闘を前進させて「政権選択の選挙」にまでもちこむという、新しい情勢を切り拓(ひら)いたことも確信するものです。
日本共産党が協力する政権が生まれる可能性―これは、自民、公明、補完勢力である維新にとっては心底おそろしい展開となりました。危機感にかられ、野党共闘への攻撃、とくに日本共産党へのレッテル貼りの宣伝が大量に行われました。その街頭演説はメディアで拡散され、選挙終盤になるにつれ強まりました。
このもとでも、市民と野党の共闘は重要な成果を上げました。「共闘勢力」で一本化した59選挙区で勝利し、甘利明幹事長、また石原伸晃氏など自民党の重鎮や有力政治家を落選させ、僅差に追い上げた選挙区がいくつもありました。「共闘勢力」は比例得票も議席も増やした一方で、「与党勢力」は19議席の後退です。
政権交代でどういう政治を実現するのか、中身も魅力も十分に国民に伝えていく。野党が肩を並べて訴え、共闘への攻撃に対してともに力を合わせて反撃する―野党共闘の発展こそが求められています。
日本共産党に対する攻撃は、私たちが支配勢力に攻め込み、追い詰めたからこそのものです。この必死の攻撃、有権者に与えている影響を機敏につかみ、相手に負けない勢いで反撃する構えと活動が弱かった。第4回中央委員会総会では、このことを常任幹部会の厳しい反省点として総括しました。
この攻撃は、共産党が協力する政権への不安を煽(あお)るものであり、綱領そのものを学び、語ることが反撃の最大の力です。しかも、わが党の総選挙の政策には、若い世代を含めて大きな共感が寄せられています。
今度の総選挙は、攻め込み、追い詰めた。しかし、攻め落とすには至らなかった。共産党への攻撃は新しいステージのなかでの新しい困難であり、ここを突破すれば社会変革への大きな展望も見えてくる―このように、支配勢力と、野党共闘および日本共産党との攻防のプロセスを“政治対決の弁証法”という角度からとらえた4中総を、ぜひご遺族のみなさんにもお読みいただき、ご意見などをお寄せいただければと思います。
日本共産党は来年、100周年を迎えます。
戦前、天皇絶対の専制政治による暗黒支配のもとで非合法とされ、最高刑を死刑とする治安維持法による弾圧のもとでも、党は、不屈に勇敢に国民主権と反戦平和の旗を掲げてたたかいました。残虐な弾圧により命を奪われた党員も少なくありませんでした。戦後、日本共産党の主張が「憲法」のなかに実ったことは党の誇りです。
戦後、綱領路線を確立以降、選挙での躍進を果たすと、1980年の「社公合意」を契機に「日本共産党を除く」の壁が築かれましたが、私たちはその壁を崩し、いま共闘の時代を築いています。
4中総で志位委員長は、「日本共産党の100年は、支配勢力による攻撃に絶えずさらされながら、その攻撃を打ち破り、前途を切り開くという、奮闘と開拓の100年」、その歴史には「ひと時として“順風満帆”な時はありません。それは支配勢力との“政治対決の弁証法”のなかでの奮闘と開拓の歴史であります。そして、時代を切り拓くたたかいのなかにこそ、私たちの喜びがあるのではないでしょうか」と述べています。不屈の党として、必ず反転攻勢をと、私もその決意に燃えています。
臨時国会では、空前の大軍拡、「敵基地攻撃能力の保有」、9条改憲への動きなど、安倍・菅政権を上回る岸田政権の危険な姿が現れました。平和と暮らしを守るために、日本共産党が大攻勢に転じることが急務となっています。
参議院選挙では「650万票、10%以上」を必ず実現し、比例5議席を絶対確保し、選挙区での議席躍進で政権交代への足掛かりをつくる。参議院選挙の躍進で党創立100周年を迎えるために全力を尽くす決意です。
結びに、合葬されたみなさんが歩まれた道もまた、平たんな道ではなかったでしょう。山あり谷ありの道のりを故人とともに労苦をともにされ、また励まし支えて下さったご家族のみなさんにあらためて心から感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。
みなさんが健康に留意され、お元気で日々を重ねられますことを心から願い、追悼のあいさつといたします。