2020年9月21日(月)
主張
敬老の日
長生きを脅かす社会変えよう
きょうは「敬老の日」です。人生を重ねてきた方々に心から感謝し、お祝い申し上げます。
今年は新型コロナウイルスの影響で、例年と違う催しの地域も少なくありません。直接会ったり集まったりするのでなく、電話やSNSで気持ちを伝え合う方々も多いことでしょう。感染リスクに対して不安な日々を過ごしている高齢者に希望と安心、励ましを届けることが重要です。そのために政治の役割が求められます。
命守る仕組み強めてこそ
全国で100歳以上の高齢者は8万450人(厚生労働省の15日時点の発表)になり、初めて8万人を超えました。昨年より9176人多く、50年連続で過去最多を更新しました。日本が長寿社会に前進できたことは、医療技術の進歩や公衆衛生の改善とともに、「いつでも、どこでも、だれでも」医療にかかれる国民皆保険によるものと国際的に注目されています。社会保障拡充を求める国民の粘り強い運動のたまものです。
一方、コロナ危機では日本でも多くの高齢者が感染・重症化し、命が失われる事態になりました。感染の広がりの中で、必要な介護が利用できず孤立を強いられる高齢者も生まれました。医療・検査や介護などの仕組みがまだまだ不十分である現状を改めて浮き彫りにしています。自民党など歴代政権による社会保障費削減路線が、高齢者をはじめ命と健康を守るさまざまな制度を掘り崩してきたことが最大の要因です。仕組みの弱さとともに、医療や介護など命と健康を守る仕事が重視されず、粗末に扱われたことも深刻です。
人間は一人で生きられず、とりわけ高齢者は他人によるケアがなくては尊厳ある生活は保障されないことが、コロナ危機で明らかになっています。ケアに手厚い日本の社会をつくることは切実です。
それに逆行するのが、菅義偉首相が掲げる「自助、共助、公助」の政治理念です。菅首相は「まずは自分でやってみる。そして家族、地域でお互いに助け合う。その上で政府がセーフティーネットでお守りする」と繰り返します。政府の出番は最後の最後であり、それまで個人で頑張れ、家族などでやるだけやれ、という立場です。
これは菅首相の理念だけではありません。昨年、安倍晋三前政権の下で、公的年金だけでは老後のお金が「2000万円不足」すると書かれた金融庁報告書が批判を浴びました。年金削減の一方、老後資金は自分の貯金や投資で賄えというのは、国民に「自己責任」をあからさまに迫る冷たい姿勢の最たるものです。「自助」を真っ先に国民に押し付ける政治では、日本の未来は開けません。憲法25条にもとづき、国民の命と暮らし、文化的な生活を公的責任でしっかり保障する政治を実現することが、高齢者だけでなく全ての世代にとって急務となっています。
戦後75年に平和を誓って
今年はアジア・太平洋戦争の終結から75年の節目です。戦争の惨禍を身をもって知る高齢者の証言はかけがえのないものです。その言葉は、日本の侵略戦争への深い反省と不戦の誓いが刻まれた憲法9条の精神と重なりあい、「戦争する国」に進むことを阻む大きな力となってきました。戦争体験者の平和への願いを受け止め、引き継ぐことが重要になっています。