2020年7月27日(月)
きょうの潮流
それは、世の中には生きるに値しない命があるのだということを認めることから始まった―。戦後ナチス裁判で医学顧問として尋問に立ち会った米国の医学者は蛮行の発端を語っています▼最初は重篤な疾患に苦しむ病人が対象だったが、次第に「値しない命」の領域は広がった。生産的でない、イデオロギー的に望ましくない、民族的に好ましくない。その推進力となった小さな梃子(てこ)は回復不能な病人にたいする態度からだったと(安藤泰至著『安楽死・尊厳死を語る前に知っておきたいこと』)▼「一服盛るなり、注射一発してあげて、楽になってもらったらいい」。筋萎縮性側索硬化症患者への嘱託殺人で逮捕された容疑者の医師たちは、くり返し命の選別を主張していました。ブログは「高齢者を『枯らす』技術」と名付けられ、同名の電子書籍には証拠を残さず消せる方法があると▼難病患者や高齢者の命を排除する思想は知的障害者を次々と殺傷した4年前の事件の犯人につながります。しかも担当医師でもなく、ただ大金をもらい死に至らしめるとは▼今回の事件をきっかけに安楽死をめぐる議論も起きています。生きる価値とは、という問いかけとともに▼安楽死はギリシャ語の「よき死」が語源だといいます。それは「よき生」と不可分なものとして考えられてきました。経済効率ばかりが優先され、命が追いつめられる今の世。それぞれの生が大切にされ、どう支えあっていくか。死を語る前に変えるべき社会の姿はあるはずです。