2020年1月11日(土)
社会リポート
性被害救済 20年の壁
若年時の被害 「除斥期間」で請求権消滅
子ども時代に受けた性被害は、それを認識し訴えるのに長期間かかることがある―。性被害救済に関わる専門家の指摘です。こうした被害を民事訴訟で訴える際、「時間の壁」に阻まれるケースがあります。不法行為から20年で損害賠償請求権が消滅するという「除斥期間」(民法)の存在です。(安川崇)
昨年12月12日、東京高裁の法廷に写真家の石田郁子さんの姿がありました。15歳だった1993年から4年間、在校していた公立中学の教員からわいせつな行為をされ、後にPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症したなどとして、教員と札幌市に損害賠償を求めています。一審(東京地裁)は敗訴し、この日が控訴審の第1回口頭弁論でした。
傍聴きっかけに
訴状などによると、教員による行為は大学時代の97年7月ごろまで続きました。石田さんは2015年、10代女性の性被害に関する裁判を傍聴したことをきっかけに、自身が受けた行為が性暴力だったと認識したといいます。
その後、被害当時の感覚がそのままよみがえり恐怖を感じる「フラッシュバック」が頻繁に起こるようになり、「16年2月ごろにPTSDを発症した」と診断されました。
裁判で教員はわいせつ行為を否認。「石田さんの大学時代に交際しただけ」と主張しました。
昨年8月の一審判決はわいせつ行為について判断せず、「97年7月から20年の除斥期間が経過した」として訴えを退けました。
判決は「その前に損害賠償を求めることは困難ではなかった」「97年時は大学生。行為の意味は理解できた」とも述べました。
石田さんは語ります。「性的経験のなかった15歳の時から19歳まで行為を受けて、性や恋愛の健全な感覚を身につけられていなかった。『もっと早く性被害を認識できたはずだ』という判断は、非常に不服だ」
性被害で除斥期間が争点となった裁判はほかにもあります。昨年7月には金沢地裁が、被害を訴えた女性の請求をやはり「20年が経過した」として棄却しました。
救済した例も
救済した判決も。札幌高裁は14年9月、別の女性の裁判で、行為から23年後に新たにうつ病を発症した時点を「除斥期間の起算点」と判断。女性の勝訴が確定しています。
除斥期間は最高裁判例で、当事者の主張にかかわらず時間の経過のみで権利が消滅するとされます。この法解釈には批判もあり、17年の民法改正で変更されました。今後は「消滅時効期間」となり、当事者の訴えにより時効の中断や停止が可能となります。
改正民法は20年4月に施行されますが、石田さんには適用されないとみられます。
改正時の国会審議(17年4月)では、日本共産党の仁比聡平参院議員(当時)が、改正前でも裁判所が改正の趣旨に沿って、除斥期間を「時効」と解釈するのが「道理ある考えだ」と指摘しました。法務省も「現行法の解釈はいろいろと可能だ」と応じています。
被害認識にかかる時間 心理学や医学の研究者らで構成する「性暴力の被害経験に関する研究」チーム(目白大学人間学部専任講師の齋藤梓研究責任者ら)が2018年から、「望まない性交」の経験がある20歳以上の女性51人に調査しました。被害の認識までにかかった期間では、9件で「10年以上」との回答がありました。
米ニューヨーク州議会は昨年1月、子ども時代の性被害を民事で訴えられる上限年齢を23歳から55歳に大幅に引き上げる法案を可決しています。