2019年10月30日(水)
きょうの潮流
テレビ局で、アナウンサーがきく。――家財一切流されていちばん残念なのは何ですか。ある主婦が答えた。――さあ、アルバムでしょうか、お金で買えるものじゃありませんから▼1974年の水害を扱った土井大助さんの組詩「多摩川の凱歌」。そこにある「岸辺のアルバム」の一節です。同じように被災者から話を聞き脚本家の山田太一さんがドラマ化したタイトルから名付けた詩です▼その作品で主演し、新境地を開いたのが八千草薫さんでした。東京郊外に家をもつ核家族が崩壊していくなかで不倫する専業主婦を演じました。清純な女性や理想の母親像からの変身は表現者としての幅を感じさせました▼やわらかさと芯の強さがにじみ出るような俳優でした。主演を務めた映画「ゆずり葉の頃」の中みね子監督は「八千草さんのたたずまいが映画の流れを決め気品を醸し出している」▼いろんな人生を経験できる俳優には魔法のような楽しさがあるが、自分のために大切にしておきたいもの、触れないでほしいこともあると、日々の暮らしを何よりも。山の家でのくらしや生きものとの共生、自然保護の活動。心豊かに生きる感性はさまざまな役柄に通じました▼16歳から俳優を続けてきた原動力の一つは人への興味や好奇心があったから。88歳の今年出したエッセー集『まあまあふうふう。』には、まわりへの深い愛情がつづられています。映画やテレビ、舞台で輝いた笑顔。亡くなってもそれは、私たちの心のアルバムにいつまでも。