2022年3月23日(水)
反戦訴え“ロシア難民”に
イスタンブールに身をよせたパベル・アブラアモフさん(40)
脅迫電話「娘を殺す」
【ベルリン=桑野白馬】ロシアによるウクライナ侵攻以降、ロシア国内で反戦を訴えた結果、身の危険を感じて国外避難を余儀なくされる人が生まれています。モスクワから逃れ、妻と7歳の娘と共にトルコのイスタンブールに身をよせたパベル・アブラアモフさん(40)が本紙のオンライン取材に応じました。
「いまや、私も難民となったのです」。アブラアモフさんは時おり顔をしかめながら、自身の体験を語り始めました。
2月24日の朝、友人から「ロシアがキエフを空爆している。私はロシアを離れる」と連絡が入り、ロシアの侵攻を知りました。「ウクライナにはたくさんの友人がいます。戦争が始まったなんて信じられず、信じたくもありませんでした」
ロシアで囲碁の普及活動をしていたアブラアモフさんは、すぐにSNSを通じて世界の囲碁仲間に向け、反戦とプーチン大統領への不支持を表明。600人から反応がありました。すると2日後、匿名の人物から電話がありました。
「『おまえはロシアを裏切った。娘を殺す』―。そう脅されました」
以前、統計の知識を駆使して政府の不正選挙の疑いを告発したアブラアモフさんの家は、放火被害にあったことがあります。「その男は『もう一度燃やす』と言ったのです。脅しは本気だと確信し、家族を守るために出国しようと決断しました」
イスタンブールの囲碁仲間に助けを求め、家族や友人と一緒に準備を開始。航空券を探したものの、ロシアを脱出しようとする人の予約が殺到し、なかなか見つかりません。旅行代理店をわたり歩いて何とか便を確保し、3月1日に出国しました。
ロシアの反戦の声 支えて
「到着した日は、父と電話して泣きました。大のおとなが縮こまって座って…涙が止まらなかった。もしロシアでインターネットが遮断されたりしたら、もう話すこともできませんから」。10日間、ストレスでよく眠れない日が続きました。「でも、私たちは安全な場所にいる。危険にさらされた人を助ける責任があると思いました」
ロシアから逃れる人を支援しようと、妻と友人の4人で「難民相談」と名付けた会を結成。ロシアの政治状況の把握、安全な避難経路の確保、入国先のビザに関する情報、連絡係を手分けして担い、電話やテキストメッセージで相談を受け付けました。「既に数百もの連絡がありました。避難を望む人は一様に、先が見えない不安や焦りを抱えています」
これまでに18人、ジョージアやハンガリーなどへの脱出を支援しました。ただ、心配なことがあります。「陸路で出国する際、理由を聞かれ追い返される例が増加しています。親戚の医療ケアや仕事上の都合など、急を要すると証明できないと出国できません。今後、避難はより難しくなるでしょう」
妻のアナスタシアさんは「国に残してきた両親が心配」と言いつつ、複雑な表情を見せます。「プロパガンダ(政治宣伝)を信じている両親とは対話になりません。避難すると伝えたら、夫は気がふれてしまったのだ、裏切り者だと言われました」
アブラアモフさんは「私の心は戦争で引き裂かれた」と声を詰まらせます。「でも、ロシアに帰ろうとは思いません。子どもを絶対に守りたいのです」
現在、インターネットを通じて子どもやおとなに囲碁を教えて生計を立てています。今後、オランダに亡命申請し、新たな人生を歩む覚悟です。「プーチンのしたことはウクライナ人と人道に対する犯罪です。しかし、どうかロシア人を憎まないでください。ロシアで反戦を表明して危険にさらされている人を支援し、平和のために行動してください。私たちも戦争を止めるため、できる限りのことをします」