2021年5月23日(日)
きょうの潮流
「赤い顔に尻、尾を使いこなせる動物だという日本人のサル観は、大変奇妙なものだといえる」。先日、97歳で亡くなった霊長類学者の河合雅雄さんが著書に書いています▼大抵のサルの顔は黒か肌色がふつうで、尾を手のように自由に使えるサルは異端者なのだと。日本で戦後まもなく始まった霊長類研究の黎明(れいめい)期を知り、ニホンザルのイモ洗い行動やゴリラ、ヒヒなどの社会構造を研究しました▼雪が残る山に囲まれた兵庫県篠山(ささやま)市の自宅を訪ねたのは15年前です。幼少期のことなどの話を聞きました。当時は治る見込みがないとされた小児結核に小学3年生の時にかかり、学校には半分しか行けませんでした▼だからといって療養に専念するのではなく、もっぱら野山に遊び、家では多くの動物を飼いました。「子スズメがぼくの肩に乗って、ぼくが持つお茶わんのえさを食べて」と楽しそうに振り返っていました。少年時代の楽しかった思い出は、困難を乗り越えるためのエネルギーの根源となり得るといいます▼サルから人間への進化の過程を研究し「人間とは何か」に迫ろうとする霊長類学。それに興味を持った契機は戦争でした。「残虐な戦争を起こす人間とは何なのか、出発点から知りたい」。そのことを長い間語ることなく、いえるようになったのは定年を過ぎてから▼そして、人間の幸福とは何かを考え直す研究機関をつくり、世界に発信したらどうかと語っていました。「日本は戦争放棄をうたってきた国としてその資格がある」とも。