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2020年11月1日(日)

私たちはなぜ抗議し任命拒否の撤回求めるか

670学協会や大学人の主張は

 670もの学協会や大学人の声明、映画・演劇や作家・劇作家などの表現者、宗派を超えた宗教者から消費者団体や自然保護団体まで130を超える諸団体の抗議、かつてないスピードと規模で広がる、日本学術会議新会員任命拒否への抗議。彼らはなぜ抗議し、任命拒否の撤回を求めているのか―声明からみえてくるものは……。


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(写真)「日本学術会議への介入を許すな」とアピールする人たち=10月12日、首相官邸前

学術会議法と憲法に反する

 ほとんどの声明で共通しているのは、菅義偉首相による任命拒否が、日本学術会議法や憲法に真っ向から違反するという指摘です。

 日本学術会議法は、会員を「優れた研究又は業績がある科学者」(17条)から、学術会議の「推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」(7条)と規定しています。41の歴史研究団体が名を連ねる歴史学協会の声明は、この規定について、「何よりも学術会議の推薦が尊重され、内閣総理大臣の任命は形式的なものであることは明らかである」と指摘。

 142人(10月20日段階)の憲法研究者が賛同した有志の声明も、「真理探究の営みという学問の本質を支える『学問の自由』(憲法23条)の精神にてらせば、日本学術会議法は、研究者集団が政権から独立して自由に活動することを確保できるような解釈」が必要だとのべ、菅首相は「日本学術会議法の解釈を誤っている」うえ、憲法23条の趣旨を踏まえていないと批判します。

 刑事法研究者217人があげた声明では首相が「時の政治権力が恣意(しい)的に任命を拒否することが可能になれば、日本国憲法が保障する学問の自由に対する重大な侵害となる」とし、「自らの学術的主張のゆえに任命を拒否されたと疑われる状況に置かれること自体、学問の自由の侵害」だと糾弾しています。

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(写真)日本学術会議総会=10月2日、東京都港区

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(写真)憲法研究者の記者会見=10月14日、衆院第2議員会館

国民の精神活動の自由侵害

 首相による任命拒否の本質は、国民の精神活動の自由に対する侵害だという核心をついた見解も多数あります。たとえば、国際基督教大(ICU)の岩切正一郎学長の「見解」は次のようにのべます。

 「批判的精神を許容せず、対話や説明を拒否し、任命権をちらつかせて単一の同質性へと思考を押しひしいでゆくふるまいを、我々は受け入れることも看過することもできない。こうしたふるまいは、それに慣れていくうちに、国民精神から健やかさを奪い、すさんだ無気力へと心を沈湎(ちんめん)させていく」

 また、北海道大学教育学研究院長の宮崎隆志氏の「見解」は、「学問の自由」は大学に在籍する研究者のみにかかわるものではなく、全ての人が所持している「真理探究という精神活動の自由」に関わるものであり、これが侵害されたと指摘しています。

 法政大学の田中優子総長も、「学問の自由」侵害が「最終的には国民の利益をそこなう」と指摘。「もし研究内容によって学問の自由を保障しあるいは侵害する、といった公正を欠く行為があったのだとしたら、断じて許してはなりません」と訴えました。

学問は国家のしもべでない

 “任命拒否の理由を説明しないことこそ、民主主義に反する権力の行使=国民に対する暴力だ”と批判するイタリア学会の藤谷道夫会長は、菅首相が学術会議に「バランスの取れた行動」「国の予算を投じる機関として国民に理解されるべき」を求めていることを批判。「国の税金を使っている以上、国家公務員の一員として、政権を批判してはならない」という意味になるとし、「学問は国家に従属する《しもべ》でなければならないという誤った学問観」だと指弾しています。そして、「学問研究によって得られる利益は人類全体に寄与するものでなければならず、時の政権のためのものではない」と指摘します。

 また、《説明しない》ことで国民を恐怖と不安から権力に従うように仕向けるものだと批判。「問題の本質は、時の権力が『何が正しく、何が間違っているかを決めている』点において、ガリレオ裁判と変わりない」と喝破します。

 普段、「特定の政治的見解を標榜(ひょうぼう)しないことを原則」としているという日本政治学会も、「異なる見解が共存・競争することこそが、なによりも研究の発展を促し、有益な知見を生み出す」として、推薦した全員の任命を要求。日本ポピュラー音楽学会も「今回の決定は、日本学術会議に対する不当な介入であり、学問の自由、その多様性と独立性、研究者の言論と活動を委縮させるもの」と批判しています。

弾圧の歴史 繰り返させない

 「『令和の滝川事件』とも称される今回の措置は、1933年に文部大臣が滝川幸辰(たきかわ・ゆきとき)京都帝国大学教授を『赤化教授』との評判に基づいて休職処分とした事件や、1935年に当時の学会の通説(天皇機関説)を『不敬』とする声に押されて文部省が美濃部達吉東京帝国大学教授の著書を発禁処分とした事件を思い起こさせる」

 こう指摘する、教育史学会の声明は「日本学術会議が政府からの独立を原則としているのは、戦前・戦中の学界が『国策』に全面協力したことへの痛切な反省に基づいている」と指摘します。

 日本科学史学会も、戦前の学問弾圧の末、「毒ガスや生物兵器の開発、人体実験、殺人光線や原爆の研究」など非人道的な研究に向かわせた戦前の反省にたって学術会議が誕生したと指摘。政治的利害から一部の科学者を排除すれば「科学的判断を歪(ゆが)め、結局は科学成果の利用においても国民の利害にも反しかねない」とのべ、いわゆる「原子力ムラ」を基盤に「安全神話」を展開したことが福島第1原発事故による被害をもたらしたことも忘れられないとしています。

 「拒否理由の説明がないということは、結局は歴史的に比をみない野蛮な公文書破棄まで生んだ『忖度(そんたく)』政治を科学界にまで持ち込もうとする狙いを疑わせざるをえない」。科学史学会は警鐘を鳴らします。

頼むから日本語痛めつけないで 上代文学会

 『万葉集』『古事記』など日本の古代文学の研究者らでつくる「上代文学会」は12日、戦前、津田左右吉が『古事記』『日本書紀』研究を国家権力に弾圧された経緯を踏まえ、その受難を二度と繰り返さない立場から、今回の菅政権の措置を「非常識極まる強権発動」とする抗議声明を発表。

 とくに、言語表現を扱う同学会として、「任命拒否の理由を菅総理がまともに説明しようとせず、無効で無内容な言い逃れを重ねていることをも看過できません」「日本語の破壊が目に余る」と指摘、皮肉をこめ次のように痛烈に批判しました。「日本語の無力化・形骸化を深く憂慮します。頼むから日本語をこれ以上痛めつけないでいただきたい」

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(写真)「日本学術会議への介入を許すな」とアピールする人たち=10月12日、首相官邸前

表現者 次に牙向けられるのは

 今回の事件は、「学問の自由」にとどまらず「言論表現の自由、思想信条の自由を揺るがす」との声が幅広い表現者に広がっています。

●文学者など

 現代歌人協会と日本歌人クラブは、1940(昭和15)年に大日本歌人協会が、国家に協力的でない会員がいるとして解散に追い込まれた歴史を想起。「政府に逆らう学者は排除」が「政府に逆らう表現者は排除」になるまでは「わずかな距離」しかないと訴えます。

 戦前、多くの児童文学者が国家の要請で好戦的な作品を子どもたちに提供した反省に立って創立された日本児童文学者協会。同会も、今回の事件は単に学問分野のことではなく、「表現の自由、日本の民主主義の行方に関わる由々しき事態」だと述べ「文化や教育、学術研究は決して政権の道具では」ないと強調します。

 図工美術教育研究団体「新しい絵の会」は、「かつて生活の姿を描くことだけで弾圧された」と訴え、自由な議論や表現が国家権力の暴走を止める礎であり、研究者、表現者をひるませてはならないと要求します。

●演劇・映画人

 映画・演劇関係者にも強い危機感が広がっています。NPO「独立映画鍋」は、抗議の声をあげなければ「あっという間に」表現や思想信条の自由への介入を許すことになると表明。是枝裕和、塚本晋也、森達也監督ら映画人有志22人は、学者に向けられた牙が次はどこに向けられるのかと問い、「あいちトリエンナーレ」への助成金が一時不交付にされたことを引き、問題を放置すれば「政権による表現や言論への介入はさらに露骨になるとことは明らか」と切迫感を示します。

 日本劇作家協会・日本演出者協会など8団体もこれが芸術への政府の干渉の引き金になると危惧。全日本リアリズム演劇会議は、政権の気に入らない公演には助成しない、受賞対象にしないなどの干渉を招くと訴えます。

●ペンクラブ

 著名な作家などが集まる日本ペンクラブは、今回のやり方を、安倍政権時代に批判を浴びた検事長の定年延長問題と同様「水面下での恣意(しい)的な法の解釈と人事によって政治をねじ曲げる手法そのもの」と批判。菅政権の最初の仕事がこうした「陰険なもの」であることに暗澹(あんたん)となるとして、6人の任命を強く求めます。

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(写真)学術会議任命拒否問題の抗議街頭宣伝=10月18日、東京・渋谷駅前

ジェンダー 状況の改善 困難に

 “任命拒否が社会的少数者の置かれた環境や社会的状況の改善を一層困難にする”と危惧するのが、日本女性学会です。同会は、学術会議がこの9月にもジェンダー問題で三つの提言を出したことを紹介します。

 一つは刑法改正に向けて、性犯罪で暴行・脅迫があったかでなく同意があったかを問題にすべきだとする「『同意の有無』を中核に置く刑法改正に向けて」、二つ目は、トランスジェンダーの尊厳を保障する法整備に向けた「性的マイノリティの権利保障をめざして」、三つ目は「社会と学術における男女共同参画の実現を目指して」です。

 こうした提言は「政策・制度の不備、不作為を厳しく批判するもの」でもあったと述べ、今回の政府の人事介入はこうした活動を鈍らせると指摘します。

 女性労働問題研究会も、女性が真に活躍できる政策作りには、自由な研究と政府に率直に提言できる条件の保障が欠かせないと訴え、今回の介入は、政府の掲げる「女性活躍」の実現を妨げると批判しています。

 日本軍「慰安婦」問題を研究し、戦争による性暴力の被害者の尊厳の回復を求めてきた「女性・戦争・人権」学会。これまでも自民党議員が国会で研究者を名指しして「反日で国益を損なう」から研究費を支給するなと公然と要求してきたことを指摘し、今回の任命拒否に「通底する事態が進行していることを深く憂慮」するとします。

宗教者 真理探究 声上げる

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(写真)宗教者共同声明を発表する記者会見=10月13日、国会内

 権力に弾圧された歴史を持つ宗教者の団体は自分ごととして敏感に反応し、相次いで声明を出しました。

 宗派を超えた宗教者が集まる「平和をつくり出す宗教者ネット」は、学問の自由の侵害を許すことが信教の自由の侵害にも及ぶという危機感を吐露。学問の自由が専制的な力によってゆがめられれば「民主主義の根幹が崩れ、社会から批判的精神が失われ、全体主義がはびこり、最後には社会と国家の危機を乗り越える道をも見失う」と警告しました。

 日本キリスト教団北海教区は、任命拒否された芦名定道京都大学教授が、ヒトラー政権から亡命した神学者パウル・ティリッヒの研究者であることを「あまりに象徴的」と指摘。「誤った政策にも同調する御用学者ばかりが任命されれば」「ひいては戦時下のように科学全体の活力が失われ、国力衰退と世界の中での没落さえ招きかねません」と痛烈に批判しています。

 日本ナザレン教団も「かつて日本でキリスト教信仰ゆえに弾圧された、その歴史と先人の体験を思い起こし、キリスト教信仰が長い歴史を通して生み出した、人間の尊厳、信教の自由、そして民主的社会を、守り支える意志によって、この度の措置に抗議します」と、キリスト者としての矜持(きょうじ)を示しました。

 宗教法人「生長の家」は声明を意見広告として25日付一般紙に掲載しました。宗教が「真理を追究し、真理を現実世界にもたらすことで、人類と地球社会とを『より善なる方向』へ近づけるという目的では、科学と変わらない」と記述。「20世紀に多くの悲惨な戦争から学んだはずの日本が、再び国権によって真理探究の動向を操作しようという誤った方向に進むとしたら、私たちは声を上げて反対せざるを得ません」「科学的真理の探究を操作しようとする政治が、宗教的真理の探究を尊重するなどということはあり得ない」と鋭く指摘しています。

消費者 市民活動に規制か

 科学界だけの問題ではない―。日本消費者連盟は「このままいくと市民活動にも波及する」と危機感をあらわにしました。

 「権力介入を自分のこととしてとらえ」、任命拒否の撤回を要求しています。

 学術会議の特筆すべき業績として2017年の軍事研究に関する声明を挙げた上で「政府の意向に反する研究を行い発言する科学者を学術会議会員という公職から追放という今回の措置は、戦後米国で吹き荒れた赤狩り、マッカーシズムそのもの」と強調しました。

 「次に来るのは市民活動に対する締め付けであり規制の強化であることは容易に想定できます」「政府の意図に反する市民の活動を委縮させ、封じ込める状況が目前に来ている」と、安保法制や共謀罪などの国策に反対してきた同連盟が、特定非営利活動法人の認証を取り消されることにもなりかねない懸念をのべています。

自然保護 科学の基礎揺らぐ

 自然保護活動を通じ社会に貢献する目的で活動してきた日本自然保護協会、日本野鳥の会、世界自然保護基金(WWF)ジャパンの3団体は連名で抗議の声明を発表しました。

 声明は、学術会議がこれまで気候変動や災害対策など環境分野のテーマで多彩な提言を行い、「科学的根拠をもとに活動する自然保護団体はじめ多くの人々に理論的な拠(よ)りどころを示してきました」と高く評価。学会や研究者への政権の圧力が「自由な議論への圧力ともなり、不要な忖度(そんたく)や萎縮を引き起こし、政策の適切な実施を阻害するおそれがあります」としています。

 日本自然保護協会はホームページで、▽科学に立脚する自然保護団体の立場▽日本学術会議による自然保護の貢献▽日本におけるNGO活動の在り方の視点―の3点から、今回の問題が自然保護団体・運動にとって重大だと共同声明の意義を解説。本紙の取材に対し、自然保護活動に不可欠な「科学の基礎となる『学問の自由』が揺るがされていると感じています」と抗議の理由を説明しました。

 日本野鳥の会も「いろいろな分野の科学者が集まって自由に議論を交わすことで日本の社会は発展していく」と取材に答えました。


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