2020年4月21日(火)
コロナ直撃
街から歯医者消えてしまう
のしかかる家賃・リース 患者6割減
東京都心
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「この地域で歯科医院を50年以上やってきて患者がこんなに減ったのは初めて。3月から徐々に減り、4月に入ってがくんと落ちた。いまは普段の4割にいかない状況」
東京有数のオフィス街、港区虎ノ門で「さくらだ歯科医院」を開く中川勝洋さんは、新型コロナウイルス感染症の影響をそう語ります。
全国的に通院控えが起きていますが、とりわけ都心は深刻です。患者の多くを占めるサラリーマンは出勤自粛。街の人通りもまばらです。古くからの患者には高齢者が多く、感染リスクが高いため医院側から治療延期を呼びかけています。
同医院では、13日から4人の職員を全員休ませ、中川さんと息子の院長だけ交代で出勤し、治療も緊急性の高い患者に限ることにしました。
テナント料は月75万円。医療機器のリース代も月20万円ほどかかります。
職員の休業手当は給与の100%を支給します。解雇しない場合、6月末までの特例で休業手当の9割が雇用調整助成金から助成されますが、助成の1日当たり支給額が8330円と低いため、実際は医院側で約3割の補てんが必要。申請から振り込みまで数カ月かかり、その間は毎月250万円程度の資金が消えていきます。
「東京の歯科診療所の8割は賃貸。影響が長期化すれば特に都心の診療所は持たない。賃料の支払い猶予が必要です。雇調金の特例期間も、せめて半年は延ばしてもらわないと雇用を守れない」
中川さんは、安倍首相が掲げる景気のV字回復について、新型コロナを甘く見ていると批判。歯科への影響についても緊急事態宣言を解除したら患者がすぐ戻るわけでもないと指摘します。
「政府は影響が長期化することを政策に織り込むべきです」
廃業すれば被害は患者に
休業も補償も言わない国「ずるい」
新型コロナウイルス感染症による歯科医院の通院控えは、全国で起きています。開業医などでつくる岡山県保険医協会の会員を対象とした調査では、歯科診療所の3月の外来患者数、保険料収入がともに半減。感染者が急増する段階には至っていない地域でも大きな影響が出ていることを裏付けました。
訪問診療も影響
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自身も東京都北区で歯科診療所を営む森元主税(ちから)全国保険医団体連合会副会長は、4月はさらに深刻だと指摘。すでに廃業の話も出てきていると語ります。
「歯科の診療報酬が低く抑えられてきたことで、歯科診療所の多くはもともと経営基盤が弱い。そこに新型コロナが直撃した。代診に来てもらっていた医師の契約打ち切りや、新規職員の採用取り消しという話も出ている。診療報酬が入るのは保険申請から2カ月後なので、このままだと5月ころから倒産が出てきかねない」
新型コロナは、訪問診療にも打撃を与えています。入居者の感染を防ぐため老人ホームなどで訪問診療を断る動きが出ているからです。
「治療内容によっても変わるが、一つの施設で20人の患者を診ていた場合、新型コロナで診療ができなくなると最低でも月50万円、多くの場合は70万~80万円の減収になる。外来患者が減少傾向にあるなか、訪問診療に力を入れてきた診療所にとっては大打撃だ」
衛生材料が不足
マスクや消毒用アルコール、ゴーグル、グローブなど衛生材料も不足しています。国はマスクを歯科医師会を通じて配布しているものの、歯科医師会に入っていない医師も多く、きちんと行き渡らない状況があるといいます。
森元さんは、歯科診療所は定期的に医師数や職員数を保健所に報告しているので、本来、どこにどれだけのマスクが必要かという情報は保健所が持っていると指摘。この間、保健所を減らしてきたことで、危機に対応できなくなっていると語ります。
「あと1週間、1カ月でマスクが底をつくとの声が出ている。歯科治療は患者の顔に30センチまで近づく。マスクがなくては不安で仕事ができないので休ませてほしいという訴えが職員から出ている診療所もある。国の責任で全ての診療所にマスクを届けるべきだ」
厚生労働省は6日付で、緊急性がない治療については延期を求める事務連絡を出しています。一方、緊急性がない治療の具体的な中身は示さず、休業要請の対象にも入れていません。
森元さんは、病院を閉じろと言わないから補償もしないという国の姿勢は「ずるい」と批判。口腔(こうくう)ケアは、心筋梗塞や脳梗塞、糖尿病といった疾病予防に加え、インフルエンザなどの感染症の予防にとっても重要だと訴えます。
「国は歯科診療所が減ってくれればいいと思っているのではないかと勘繰ってしまう。街から歯医者がなくなれば治療の継続も困難になる。一番の被害者は地域の患者だ」
(佐久間亮)