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2019年5月19日(日)

一青年を“主義者”に仕立てた特高

治維法犠牲者は語る 菱谷良一さん

 戦前・戦中、多くの弾圧犠牲者を生み出した治安維持法。菱谷良一さん(97)=北海道=は、「左翼絵画で市民を啓蒙(けいもう)している」などとして不当な逮捕・勾留を受けた「生活図画事件」の犠牲者の1人です。菱谷さんは15日、東京都内の集会で自身の体験と「あの時代には絶対逆戻りさせてはならない」と訴えました。発言要旨を紹介します。


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 私は治安維持法でいやというほどの目に遭いました。まだ20歳前の青年が共産主義も知らない、自分で言うのもおかしいですが、純朴な青年が当時の旭川師範学校に入り、絵が好きで美術部に籍を置いていました。

 北海道綴方(つづりかた)教育連盟の事件、恩師の逮捕に関連して、昭和16年(1941年)9月20日に逮捕されました。寄宿舎で寝入りばなに、警察に土足で踏み込まれました。

 逮捕状を突きつけられて勾留されて、同級生5人がそれぞれ北海道の警察署に分かれて、取り調べられました。

偽りの自白強要

 特別高等警察(特高)刑事に取り調べられるのですが、もともと私は「主義者」ではない。共産党の友達もいない。そういう絵の好きな青年を、当時の特高は逮捕した以上は私を立派な主義者に仕立てあげるために偽りの自白を脅迫で作り上げました。それでもって私は起訴されました。

 1年3カ月の勾留生活で、北海道の厳寒零下30度の独居房に閉じ込められ、凍死寸前までいきました。夏は独居房で本も読めない、人とも話せない。いわゆる拘禁症状になる手前までいきました。あと思うのは「家族に申し訳ない」という思いと悲しみの精神的な苦痛で、胸が締め付けられました。裁判で懲役1年6月となり、執行猶予がついて、仮釈放されたものの私は「非国民」にされました。

 終戦までの1年は身を潜めてひっそりとしていました。「非国民」だし、一日も早く戦争に行って苦しみから早く逃れたいなんていうことも考えました。

「目的遂行罪」で

 ここ数年、共謀罪とか一連の取締法が出ている。政府は「一般の人には関係ない」と説明しています。

 治安維持法が国会で問題になった当時の政府も「一般人には関係ない」と言ってきました。それがどんどんと拡大して、共産党の運動にかげながら影響を与えたり、支えたりすることも処罰する「目的遂行罪」を法律に加えました。

 私もその目的遂行罪で逮捕された。こんなことがまたあってはならない。日本がそうならないよう、若いパワーで粉砕してほしい。これが余命いくばくも無い老人の最後のお願いです。


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