2018年5月1日(火)
2018とくほう・特報
声を上げ始めた女性記者
「#Me Too」今こそセクハラにNO
民放テレビ局の女性記者による福田淳一前財務事務次官のセクハラ被害告発をきっかけに、マスコミで働く女性記者が「#Me Too」(私も被害者だ)と取材現場での被害実態を明らかにし、セクハラをなくそうと声をあげ始めています。(内藤真己子)
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報道の自由と交錯
財務省は4月27日、福田氏のセクハラ行為を認定、懲戒処分相当として退職金を減額する一方、調査の打ち切りを発表しました。福田氏はセクハラを否定したまま。同氏をかばい「はめられて訴えられたのではないか、との意見もある」と被害者をおとしめた麻生財務相は謝罪すらしていません。
「財務省は幕引きを図ろうとしているのだろうが、麻生財務相の発言こそ女性記者への『二次加害』だ。財務相が発言を撤回し、辞任してこそ現場の女性記者はようやく安心して働けるようになる」。元新聞記者の林美子氏は怒ります。
30年報道の第一線で働いた同氏。ジャーナリストや研究者ら200人が集まった同23日のセクハラ被害者バッシングを許さない緊急院内集会では、「セクハラをなくせるか、いまが分水嶺(れい)。女性記者一人ひとりが能力を発揮できる社会になることがこの国の報道を良くしていくことにつながる」と訴え、共感の拍手に包まれました。
同集会でも発言した弁護士の中野麻美氏は今回の事件について「セクハラと報道の自由の問題がクロスしている」と指摘します。「ジャーナリストの人権と自由は報道という民主主義の動脈を支えるもので、性的自由(性的事項についての自己決定の自由)の侵害行為が国家権力とジャーナリストの間にあってはならない。女性記者への性暴力とその後の対応が、メディアに自己規制が増え、政権側がメディア敵視を隠そうとしない時代背景をもっていることに厳しく注目したい」と強調します。
すさまじい被害実態
事件をきっかけに、女性記者によるセクハラ被害の告発が相次いでいます。
「警察や官庁、政治家。取材先はほぼ男性です。会食の後、抱きつかれたり、キスされそうになったり、そんなことは割にありました」。民放局の女性記者(40代)は証言します。「でも一度も会社に言ったことはありません。後輩に相談されても『受け流せ』といってきた。いまそれを後悔しています。日本のマスコミはまだまだ調査報道が弱く、権力の流すリーク情報を抜いて書くのが主流。そのためには嫌でも近づかざるを得ない」
日本新聞労働組合連合が先月開いた女性集会(21、22両日、都内)では、取材先から受けたすさまじい被害の事態が明らかにされました。(別項)
参加した女性記者が話し合いました。テレビ局女性記者の告発をどう見るか―。
「すごい勇気がある。会社に報道するよう訴えても受け入れてもらえなかったが大問題だからどこかで取り上げてほしいと、大きなハードルを越えた。その一歩が大きい。よく声をあげてくれた」
「権力組織のトップがああいう発言をし、それを野放しにしている状態が許せなかったのだと思う。記者としての正義感もあったのでは。おかしいと思ったことに勇気をもって声をあげていくことが大事だ」
背景に「力関係の差」
被害が多発する背景に何があるのか。セクハラを受けても抗議できないのはなぜか―。
「(夜回りなど、一対一で取材する場が)密室になりがちなことがある。(警察や政治家など)ネタ(情報)をくれる人と、取りに行く側という力関係の差が生じている」
「同業他社が(取材先との懇親会などに)呼ばれているところに呼ばれなかったら特落ち(他社がすべて報じている記事を掲載しそこなうこと)になるかもしれない。嫌われて悪い印象を与えたくないと考える」
「番記者(有力政治家などに密着する担当記者)だったら、他社の人と同じかそれ以上の仕事ができないとプレッシャーを感じる。嫌な思いをしたからといって引き下がるわけにはいかないと思いこまされているところがある」
人権侵害許されない
告発が困難なのはなぜか―。
「セクハラが人権侵害だとの教育もないまま、『黙ってなくちゃいけない』と思ってスルーしてきたのでは」
「告発して社内で『女を見せたんだろう』と言われたりするのも嫌だし、面白おかしく言われ、被害を受けた自分が低く評価されることになると怖くて言えないのではないか」
セクハラをなくすため何が必要か―。
「加害者が社外の人だと、会社の社長を動かして…とか面倒なことが起きるのではと心配になる。被害を告発する受け入れ態勢ができ、会社が動く事例がたくさん育ってくれば訴えることができる」
「会社は『社員を守る』とメッセージを発してほしい。さらにメディアとしてまとまって、セクハラは人権侵害で許されないと発信するべきだ」
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聞く耳持たない業界
女性集会は「仲間の勇気ある行動に続いて、私たちは手を携え、真実を追求し、向き合っていく」と宣言したアピール、「セクハラに我慢するのはもうやめよう」を発表しました。
小林基秀新聞労連中央執行委員長は、女性記者のセクハラ被害の背景に、「社内では、女性記者のセクハラの訴えを聞く耳を持っていなかった。社会的にはセクハラが重大な人権侵害であるということの認識の薄さがある」と指摘します。「パンドラの箱は開いた。ここを出発点としてマスコミ業界も変わらなければ未来がない。会社は最優先で社員の人権を守るべきだ。新聞労連として日本新聞協会に申し入れを予定している」と話します。
セクハラ問題に詳しい寺町東子弁護士は「労働安全衛生法は、労働災害を防止するため、事業者が必要な措置を講じなければならないと安全配慮義務を定めている。マスコミ各社は社員にたいする安全配慮義務を尽くし、政治家・官僚など取材先との関係を見直すことが大事だ」と提言します。
そのうえで、「さまざまな職場でセクハラ被害にあい、適切に対応されずに職場を辞めていく人が大勢いる。セクハラを防ぐには組織のトップの姿勢が決定的で、セクハラを許さないと意志表明し、行為があった場合には厳正に対処、行為者を処分することが働きやすい職場環境をつくるうえで欠かせない」と語ります。
新聞労連の女性集会で明らかにされた被害の一部
■居酒屋で取材相手から胸を触られた。いまでも怒りがわいてくる。
■タクシーの車内で取材先に手を握られたり、キスをされたりした。
■取材先からチークダンスの強要がある。
■社外(取材先)のセクハラは何度か経験したが「我慢しろ」「かわせ」と教わっているので声を発することができなかった。私が断ったら社が嫌われてしまうと思っていた。