2018年1月14日(日)
きょうの潮流
辞書は言葉の海を渡る舟だ。三浦しをんさんの小説『舟を編む』のなかで、編集部のベテランが辞書づくりの魂を新人に吐露する場面があります▼「ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために」。映画やアニメにもなったベストセラーは、膨大な時間と労力をかけて言葉を編んでいく人たちの情熱を伝えました▼やばい。本紙の広告にドキッとした方もいるでしょう。岩波書店の広辞苑が10年ぶりに改訂されました。新たに1万項目を収録。日常会話で使われるようになった俗語や、社会に定着してきたものが加わりました▼この間の東日本大震災や熊本地震、ゲリラ豪雨といった自然災害をはじめ、福島の原発事故に関連した安全神話や廃炉。ブラック企業や雇い止め、モラル・ハラスメントやリスペクトなどの言葉は日本をとりまく社会状況を映します▼安全神話の語義は「根拠もなく絶対に安全だと信じられていること」。ブラック企業は「従業員を違法または劣悪な労働条件で酷使する企業」。自衛隊が派兵された南スーダンやイラクのサマワ、事故が多発するオスプレイも追加されました▼「世の中で不足しているのは対話。人間は言葉なしには存在できず、言葉は人間そのものであると。言葉は、自由。どんな権力者も言葉を強制することはできない」。広辞苑刊行の思いは、言葉と生き、新しい言葉を生み出す私たちの営みに重なります。