2017年11月3日(金)
きょうの潮流
ことし創刊90周年を迎えた岩波文庫は、記念行事の一つとして各界の代表による「私の三冊」を募りました。心に残りつづけ、人生さえも変えた書物との出合いが雑誌『図書』に特集されています▼写真家の今森光彦さんが挙げたのはダーウィンの『種の起源』。高校生の時に読んで生物の進化に興味をもつきっかけになったと。哲学者の小林康夫さんは、人生の始めに「生」の指針の一つを与えられたとランボオの『地獄の季節』を▼映画プロデューサーの鈴木敏夫さんは、高畑勲、宮崎駿の両氏から宮本常一の『忘れられた日本人』をすすめられ、二人の作品の元がそこにあることを知りました。子どもの歌や詩をつくる時、谷川俊太郎さんはいつも『日本童謡集』を開きます▼「真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む」。90年前、読者に向けた岩波茂雄の発刊の辞です。読書だけでなく、音楽や美術に触れることは豊かな心をはぐくみます▼一方で街に書店がなくなり、文化予算は削られていくばかり。教育を受ける権利さえおぼつかず、貧しさや家庭の事情で学校にも通えない学びの貧困がひろがっています。安倍内閣が掲げる人生100年時代の「学び直し」も土台がなければ絵に描いた餅です▼きょうは文化の日。個を育て多様な社会をつくる文化や芸術は表現の自由が保障され、だれもが享受できる環境があってこそ。それを妨げるものに、人生の豊かさを語る資格はありません。