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2017年8月3日(木)

2017とくほう・特報

核兵器禁止条約 日本も米国も参加せよ

ビキニ核実験被害者は叫ぶ

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 国連で採択された核兵器禁止条約は、前文に「核兵器使用の被害者(ヒバクシャ)および核実験の被害者にもたらされた容認しがたい苦難と損害に留意し」としています。「待ちに待った条約の採択」。被爆者とともに歓迎するのは、アメリカによるビキニ核実験の被害者です。「日本政府や米国が禁止条約に参加しないのはおかしい。“容認しがたい苦難と損害”を押しつけた責任をどう思うのか」と訴える高知県内の人たちを訪ねました。(阿部活士)


仲間の多くは がんで

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(写真)土佐清水市窪津の港で、ビキニ被災当時のことを語り合う山崎さん(左)と山下さん

 アメリカが1954年に核実験した太平洋マーシャル諸島ビキニ環礁や周辺海域は、「マグロが群がる、いい漁場です。多くのマグロ漁船がいた」。こう話すのは、15歳から海で働く山崎武(たける)さん(86)です。

 故郷の土佐清水市窪津の海を見ながら、当時のことを話しだしました。23歳の若者で、現・福島県小名浜港を母港にする第8伸洋丸(154トン)の冷凍長でした。

 3月1日夜の出来事をいまも鮮明に記憶しています。「ものすごい光でした。米軍機がサーチライトで船を照らし、かたことの日本語で『ここからはなれろ』と。2回ほど旋回して立ち去りました」

 しかし、忠告された理由はわからず、はえ縄の途中で逃げるわけにもいかず、漁を続けました。

 冷凍長の仕事は、船底の冷凍室に入って、とれたマグロと氷を交互に重ねて積み上げる作業です。

 海の生活は、とれたマグロを刺し身にし、えら肉をカレーに入れました。海水を風呂や食器洗いに使いました。海に潜って船体についた貝などをとる仕事をしました。「いま思えば、放射能だらけの倉庫で作業し、汚染海に素潜りしたようなもの」

 帰港すると、白衣の検査官数人が船にのり込んで、マグロや船体の放射能を測りました。操業で着ていたカッパは測定器の針が振り切れました。しかし、肝心の乗組員はなにも調べられませんでした。

 第五福竜丸がビキニで水爆実験の「死の灰」を浴びたニュースは港に戻ってから聞いた話でした。

 25歳のときに地元の土佐清水に戻り、自分の船で漁を続けた山崎さん。

 ビキニで一緒だった乗組員の多くは理由もわからずがんで苦しみ亡くなりました。自身も50代になってから、身体の異変を感じはじめました。虫歯一つないのに物をかむと歯がポロポロとはがれ落ちました。歯医者に行っても理由はわからず、はがれ落ちるのは面倒だからと歯を抜き、総入れ歯にしました。

 「放射能だから、子どもや孫たちへの影響が心配だ。核兵器も原発もいらない。禁止条約に日本が参加しないのはおかしい。都会だったら反対集会に参加しますが、ここは田舎やから、ね」。山崎さんは語ります。

全容うやむやにされ

 54年にアメリカがビキニ環礁で行った水爆実験で第五福竜丸をはじめ日本のマグロ漁船が被ばくした事件は、広島、長崎への原爆投下に続く「第3の被ばく」として国際的に注目されました。ところが日本政府は帰港時の検査をその年の12月に中止し、翌55年1月に米国政府と200万ドルの「見舞金」で政治決着を図り、被災全容はうやむやにしてしまいました。

 高知県宿毛市に住む山下正寿さんは高校教諭だった1980年代、幡多高校生ゼミナール活動で第五福竜丸以外でビキニ核実験に被災した元乗組員を掘り起こす調査をすすめました。のべ約1000隻の被災船がいたと判明しました。

 隠していたビキニ政府資料を60年ぶりに公開させたことをきっかけに、日米政治決着で放置された被災船員や遺族が2016年5月に日本政府の責任を問う国家賠償訴訟をおこしました。さきの山崎さんは原告の一人、山下さんも訴訟を支援しています。

 高知市に住む下本節子さんは、被災船のひとつ「第七大丸」で通信士だった大黒藤兵衛さんの長女です。国賠訴訟の遺族原告となりました。

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(写真)見つかった大黒藤兵衛さんの船員手帳

 ずっとないと思っていた父の船員手帳を最近見つけました。黒い表紙をめくると、開襟シャツ姿の若い父の写真が。最後のページには「雇い止め 昭和35年6月14日 病気の為」とあります。37歳でした。

 下本さんは、同じ通信士だった第五福竜丸の久保山愛吉さんを連想しました。久保山さんは水爆実験に遭遇しながら、無線で報告せず日本に逃げ帰りました。そのとき無線をしていたら船ごとアメリカに消されると思ったからだと語っていました。「通信士は、長い航海の情報の窓口です。船長、船頭とともに船の中の管理職だと思う。水爆実験に遭遇してもその事実を乗組員や家族にも話せなかった父。船に乗れない体にさせられた苦悩ははかりしれません」と下本さん。

人道上許せない犯罪

 「核兵器禁止条約に背をむけている核保有国は、核実験被害の加害国だ」。山下さんはこう批判します。

 アメリカは大気圏核実験を100回も繰り返し、ソ連(現・ロシア)、イギリス、フランス、中国など核保有国の大気圏核実験は合計480回以上にのぼっています。

 さきの下本さんが「米国は軍事目的の核実験で“死の灰”を浴びせ被ばくさせておいて、肝心の人間は調べないし被ばくの事実さえ隠し続けた。そして、10年後、20年後にじわじわと死んでいく。これは人道上許せない大量殺人です。苦悩した父、核実験で死因もわからずに亡くなった乗組員のためにも、禁止条約を力に米国や日本政府の責任を追及していきたい」といえば、山下さんは次のように訴えます。「引き続き禁止条約に核保有国の参加を促し、核兵器廃絶を実現していくためにも、世界が共同して核兵器使用と核実験がもたらした地球的規模の環境汚染と人類への長期的な脅威を示すべきです」


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