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2017年7月7日(金)

主張

盧溝橋事件80年

侵略と戦争の歴史繰り返すな

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 日本の中国への全面侵略戦争のきっかけとなった、1937年7月7日の「盧溝橋事件」から80年の節目です。

 当時満州と言われた中国東北部への侵略(「満州事変」=31年)に続き、北京近郊の盧溝橋(橋の名前)付近で日本軍と中国軍が交戦したのを機に日本の中国侵略は全土で本格化し、41年のアジア・太平洋戦争の開戦を経て、45年の敗戦まで悲惨な戦争が繰り広げられたのです。敗戦後公布された憲法は、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」と宣言しました。侵略と戦争を繰り返さないことが重要です。

侵略拡大のきっかけに

 「盧溝橋事件」は、「満州事変」の後、中国東北部や華北などに侵略を拡大していた日本軍が、北京近郊の中国軍が布陣するすぐそばで夜間軍事演習を強行し、何者かが日本軍に発砲し、1人の日本兵が一時行方不明になったことを口実に、軍事行動を開始したものです。事件を起こしたのは1900年の「義和団」事件後、北京や天津周辺に派兵されていた「駐屯軍」で、現地では停戦の話し合いも行われましたが、陸軍中央は「一撃」のもとに中国をやっつけると、「満州事変」を起こした関東軍や朝鮮軍、本土各地からの大量の軍隊を増派、戦線を拡大したのです。

 「駐屯軍」はもともと領事館の保護などに目的が限定された軍隊で、大規模な兵力増強や夜間演習などは挑発行為です。しかも事件後日本軍が増強され戦線が拡大する中で「駐屯軍」そのものが廃止され、文字通り領土と権益拡大の侵略の軍隊に組み込まれます。

 盧溝橋事件の後、日本軍の侵略は上海、南京など主要な大都市だけでなく、中国大陸奥深くにまで広がり、大量の中国人などを犠牲にした南京大虐殺(37年12月)や無差別爆撃として知られる重慶爆撃(38年)など国際的大事件を引き起こし、中国の国土と国民に大きな被害を及ぼしました。「三光作戦」と呼ばれた「焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす」という残虐な行為や、労働者などの「強制連行」、日本軍「慰安婦」などの悲劇はいまも責任が問われています。

 盧溝橋事件から4年後、アジア・太平洋戦争に日本が突入したこと自体、アジア・太平洋地域での資源などの確保とともに、国際的批判に逆らって中国大陸での不当な戦争を続けるためでした。15年にわたった戦争によって亡くなった犠牲者は中国を含むアジアで2000万人以上、日本人だけでも310万人以上と言われています。歴史の誤りを直視し、戦争の悲劇を繰り返さないことは、いまも生かすべき大切な教訓です。

「戦争する国」許さず

 安倍晋三首相をはじめ過去の侵略戦争を肯定・美化する勢力は、日本の侵略戦争や植民地支配の誤りを認めず、アメリカなどとともに再び「戦争する国」になろうとしています。4年半前に安倍首相が政権に復帰した後の、「秘密保護法」の制定、安保法制=「戦争法」の強行、つい先日の国会での「共謀罪」法の制定など、「戦争する国」になろうとする危険な策動は枚挙にいとまがありません。

 盧溝橋事件から80年の今こそ、「政府の行為」によって、再び戦争の惨禍を起こさない決意を新たに、改憲阻止などに力を合わせ、力を尽くそうではありませんか。


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