2017年3月4日(土)
きょうの潮流
あのとき14歳だった林京子さんは、勤労動員されていた長崎市の三菱兵器工場で被爆しました。若い心と体に刻み込まれた強烈な体験と、投下後の人びとの苦悩。抑制された文体で描いたのが小説「祭りの場」でした▼「春の花秋の紅葉年ごとにまたも匂うべし/みまかりし人はいずこ呼べど呼べど再びかえらず/あわれあわれ我が師よわが友聞けよ今日のみまつり」。爆死した仲間の追悼歌。それを歌い、やがて結婚し子どもを産んだ学友も死んでいく。小説は「かくて破壊は終りました」と結ばれます▼86歳で亡くなった林さんは“見えない恐怖”の語り部でした。作家生命をかけて被爆の意味を問い続け、一人の被爆者として戦後を見続けてきました。被爆とは被爆者個人の体験ではなく、人間全体の問題なんだという思いで▼原爆をつねに今と地続きの問題としてとらえ、反核反戦の声を上げてきました。「九条の会」の呼びかけに賛同し、戦争法案の廃案を求める文学者の集いにも参加。本紙のインタビューでは「平和憲法が私の戦後の出発点。9条は絶対に守るべき」と語っています▼福島原発の事故から6年をむかえる今月。核兵器を禁止し、廃絶する条約を交渉する国連の会議が下旬に始まります。核兵器のない世界に向けて人類が踏み出すために▼命と向き合ってきた林さんの最後の短編集「希望」。出産に踏み切れない被爆者の主人公が葛藤の末に決心します。子どもはできるのではない、「自分の意志で新しい命を創るのです」