2016年10月16日(日)
きょうの潮流
学生街にある喫茶店の片隅で聴いた世代には遅れますが、この人の歌はよく耳にしました。あのしわがれ声からつむぎだされる言葉の豊かさ。聴く者の心に問いかけ、会話するような▼ボブ・ディランのノーベル文学賞受賞が世間を驚かせています。1世紀をこえる歴史で歌手の受賞は初。理由は「新たな詩的表現を創造した」。音楽評論家の湯川れい子さんも「歌手というよりも、世界中を旅した吟遊詩人として評価された」▼「何度見上げたら青い空が見えるのか? いくつの耳をつけたら為政者は民衆のさけびがきこえるのか? 何人死んだらわかるのか あまりにも多く死にすぎたと? そのこたえは、友だちよ、風に舞っている こたえは風に舞っている」(『ボブ・ディラン全詩集』)。代表曲「風に吹かれて」の一節です▼公民権運動やベトナム反戦…。時代に揺れる若者の心をつかんできたメッセージ。そこには反体制だけでなく、人間への尽きない好奇心がありました▼彼自身、インタビューで語っています。「人間にはさまざまな一面があり、ぼくはそのすべてと向き合いたかった。人間にはとても寛容になれる日もあれば、とても利己的になる瞬間もある」▼歌の定義は得意じゃないというディラン。聴く人たちがそれぞれ、自分にとってどういう意味があるのかを考えればいい。ノーベル賞についても、いまだ彼の言葉は聞こえてきません。権威づけなどいらないのか、関心もないのか。それもまた、こたえは風の中にあるのか。