2016年8月1日(月)
2016とくほう・特報
相模原 障害者施設殺傷事件 どう見る
人権軽視と差別をやめ個人大切にする社会に
相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」の入所者19人が殺害され、26人が重軽傷を負った事件は、植松聖容疑者の残忍性と計画的な犯行から社会に大きな衝撃をあたえています。なぜこのような戦後最悪の殺人事件が起こったのか、その背景をどうみるかについて考えます。(特報チーム)
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憎悪犯罪そのもの
2月に、植松容疑者が大島理森(ただもり)衆院議長にあてた手紙には「私は障害者を抹殺することができます」「私の目標は重複障害者が安楽死できる世界です」「障害者は不幸を作ることしかできません」などという驚くべき障害者差別・抹殺、人権をさげすむ思想が表明されており、その狂気的な考えを早くから準備して実行しました。
精神科医の香山リカ氏は「容疑者の考えの背景には、『社会が悪い』というよりは、一部の少数者が利益を独占しているという考えがあり、その一部というのは富裕層ではなく、障害者や高齢者が社会保障費を独占しているという、でっち上げの考えが影響している。自分たちの取り分を高齢者や障害者が搾取しているというねじ曲がった“物語”が容疑者の中にできあがっている」と指摘します。
同志社大学教授の岡野八代(やよ)氏(政治思想史)は「今回の事件は、社会的に弱い立場に置かれた人全体に対して、無差別に憎悪を向けるという点で明らかなヘイトクライム(差別にもとづく犯罪)です。他の国であれば、はっきりと、そのようなヘイトクライムに対して首相なり大臣なりが、そうした憎悪犯罪を認めない社会であることを宣言する、そしてそうした憎悪犯罪を繰り返さないために何が必要かを考えるという姿勢を見せるでしょう」とのべます。
しかし、日本では「そうした姿勢を見せられない政治と、その政治によってつくられている社会がある」と指摘します。
ヒトラーに重なる
植松容疑者が2月19日に措置入院をした際、薬物の大麻の陽性反応が見つかるとともに、診察した医師に「ヒトラーの思想が2週間前に降りた」と話していたことが関係者の話でわかりました。ナチスドイツはヒトラーの優生思想によって障害者を「生きるに値しない命」と呼び、殺害することを「安楽死」とよびました。植松容疑者も手紙で「安楽死」といっています。
障害のある人たちの働く場(作業所)などでつくる「きょうされん」の常務理事、赤松英知(ひでとも)氏は「ナチスドイツは、ユダヤ人虐殺の前に『T4作戦』といって20万人以上の障害者を虐殺しました。容疑者はヒトラーの優生思想に重なる考え方を持っていました。それがきびしく批判されなければなりません。国連の障害者権利条約が掲げる障害を理由とする差別のない社会、障害の有無にかかわらず共に生きる社会の実現という理念とは全く相いれないものです」といいます。
共に生きる流れを
この事件をうけて政府は28日、関係閣僚会議を開き、容疑者が2月に殺人をほのめかし措置入院をしていたことから措置入院制度の見直し、施設の安全確保など再発防止策を検討するとしています。
自民党の山東昭子元参院副議長は同日、再発防止策として「犯罪をほのめかした人物に衛星測位システム(GPS)を埋め込むような法律を作っておくべきではないか」と国会内で記者団に発言しました。
岡野氏は「こうした衝撃的な事件が起こると、日本社会がとくに政治家が重大犯罪の背景をしっかり考察することをせず、加害者の重罰化、刑法の原則をこえた予防策(GPS埋め込みなど)に飛びつく傾向があることを私は大変危険だと思っています。加害者に刑罰を下すだけでいいのか、被害者の家族に社会全体で寄り添うことなど、福祉が担うべき役割がないか、もっと掘り下げて考えるべきだと思います」と強調します。
香山氏は「政権の座にいる人には措置入院強化よりも、生きる権利がある、弱者を差別するのはいけないというメッセージを出してほしい」といいます。
そして「精神医療の現場ではほかの疾患と違って、措置入院の機能はあるが、基本は患者のために病を治療するのが精神医療の役割です。病かどうかわからない人の価値観の偏りを病的と考えて、予防的に隔離するのは本末転倒です。精神障害者が圧迫されるのは憂慮すべきだ」とのべます。
赤松氏は「今回の事件で障害のある人と家族は、言いようのない不安と憤りに突き落とされています。一部の人の問題ではない。一人ひとりの人生に意義があること、そこに思いをいたすことが大事だ」と語ります。
そのうえで、「私たちは障害分野から共生社会に向けて共感力を取り戻す流れをつくりたい。それは現行憲法を守ることとつながる。個人の上に国家を置くような価値観では、共生社会は実現できない。個人が一人ひとり大切にされる社会の実現をめざしたい」とのべました。
生存の価値否定 「二重の殺人」
全盲・全ろうの東京大先端研教授 福島 智さん
相模原市の障害者施設殺人事件について、全盲と全ろうの重複障害を持つ福島智(さとし)・東京大学先端科学技術研究センター教授に寄稿してもらいました。
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身の毛がよだつというのは、こういう感情のことを言うのでしょうか。それと同時に、まるでドレッシングと間違えて、サラダに食器用洗剤をかけてしまった時のような、そんな吐き気を伴う違和感があります。
今回の犯行は、通常の殺人事件の範疇(はんちゅう)を超える「二重の殺人」ではないでしょうか。一つは、被害者の肉体的生命を奪う「生物学的殺人」。もう一つは、人の尊厳を冒瀆(ぼうとく)し、生存の価値自体を否定するという意味での「実存的殺人」です。
しかし、洗剤をサラダにかけたような、このなんとも言えない違和感はどこから来るのか。それは、容疑者と私たちがまったく無関係だとは言い切れないと、私たち自身がどこかで感じてしまっているからではないかと思います。
容疑者は衆院議長への手紙で、障害者を殺す理由として、「世界経済の活性化」をあげました。つまり、重度障害者は、経済の活性化にとってマイナスだという主張です。
こうした考えは、あからさまには語られなくとも、私たちの社会にもあるのではないでしょうか。労働生産性という経済的価値で、人間の優劣がはかられてしまう。そんな社会にあっては、重度障害者の生存はおぼつきません。
しかしほんとうは、障害のない人たちも、こうした社会を生きづらく、不安に感じているのではないでしょうか。なぜならだれであれ、労働能力が低いと評価されれば、社会から切り捨てられてしまうからです。
相模原事件は、私たち一人ひとりに重い問いをつきつけています。