2016年5月3日(火)
きょうの潮流
日本が近代国家へと移り変わる激動の時に生きた夏目漱石。49年の短い人生の中で小説家としての活動期間は最後の10年ほどながら、世に残した作品は今も読み継がれます▼今年は没後100年。神奈川近代文学館で開かれている記念展は、国が変容していく中で人の心のありようや孤独を描いた漱石の足跡を今につなげます。国家が個人の上に置かれた時代にあって、彼は「自己本位」の大切さを強調しました▼権力や金力は他人の個性を圧迫する非常に危険な道具であり、「自己の個性の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならない」(『私の個人主義』)と。時代の制約がありながらも、個人の幸福を追求した漱石。それは今に生きる私たちにも▼安倍政権の誕生以来、個人と国家の関係や立憲主義、民主主義のあり方が問われつづけています。人類が培ってきた普遍的な価値を覆そうとする圧政と、国民との対立は激化しています▼憲法学者の樋口陽一さんは、戦後に憲法を手にした日本社会にとって「すべて国民は、個人として尊重される」(13条)という一文が肝要だといいます。個人の生き方や可能性を自由に発揮できるような社会の土台をつくってくれるもの、それが憲法なんだと(『個人と国家』)▼漱石没後からの1世紀は、個人と国家の関係が大きく動きながら、憲法で個人の自由や尊厳が守られる時代に。それを壊そうとする勢力は、営々と築いてきた努力を無にし、歴史を逆戻りさせるものです。