2016年4月8日(金)
主張
川内原発高裁決定
国民を守る姿勢が問われる
国内でただ一つ稼働中の原発である九州電力川内原発1、2号機について、運転差し止めの仮処分命令を求めた住民の訴えを、福岡高裁宮崎支部が棄却しました。住民側は不当な決定に強く反発しています。見過ごせないのは高裁の決定が、原発が放射性物質をまき散らすような重大事故を起こす可能性があると認めながら、原子力規制委員会の審査や九州電力の対策で、事故の危険性は「社会通念上無視し得る程度小さい」と、原発の危険性を切り捨てたことです。行政や電力会社の側に立ち、国民の生活と権利を守る司法としての責任を投げ捨てたものです。
正反対の司法の判断
原発事故の危険性は「小さい」どころか、現に5年前の東日本大震災の際に発生した東京電力福島第1原発の事故は広範な地域に危険な放射性物質をまき散らし、いまだに被害が拡大し続けています。同じ司法機関でも関西電力高浜原発3、4号機の運転について審理した大津地裁はつい先日(3月)、福島原発事故の原因究明も不十分なのに原子力規制委が事故後新しい基準を作ったからと原発の運転を認めていくのは「非常に不安を覚える」と、初めて運転中の原発を停止させました。原発事故の危険性を切り捨てた今回の高裁決定とは、正反対の姿勢です。
原発は未完成の技術であり、地震や津波などですべての電源が途絶え、原子炉が冷却できなくなれば、炉心溶融などの大事故を引き起こし、まき散らされた放射性物質で広い範囲に長期間にわたって被害が拡大する事態を引き起こします。世界有数の地震・火山国で津波も多い日本で、いつ重大な事故が起きるのかわかりません。
だからこそ、このところの司法判断でも、「新規制基準は緩やかにすぎ、これに適合しても原発の安全性は確保されていない」(高浜原発3、4号機についての福井地裁決定)などのきびしい判断が相次いでいます。新規制基準に「不合理な点は認められない」と断言し、それどころか、たとえ予想を超える地震が起きても、原発の施設には十分な余裕があるから大丈夫だなどという今回の高裁決定は、文字通り電力会社の言い分をそのまま繰り返しただけのものです。
火山が集中している南九州地方に立地する川内原発は、地震や津波とともに、火山噴火による影響が懸念されます。原子力規制委や九電は大きな火山噴火は予測できると主張してきました。高裁の決定は「予測は困難」であることは認めましたが、破局的な噴火発生の可能性は少ないことを理由に、危険性は「社会通念上、無視できる」としています。破局的な噴火の可能性が小さくないことは火山学者がそろって指摘しており、高裁の決定はこうした専門家の知見にも背を向けています。
生存守るのが社会通念
高裁の決定は結局のところ、「社会通念」なるものを持ち出して、事故の危険はあっても、国民は目をつぶって、原発を受け入れよということにつきます。事故の際の避難体制についてさえ、実効性の問題はあっても、「ただちに人格権侵害の恐れがあるとは言えない」とまともに取り上げません。
国民の命さえ守れない「社会通念」などあり得ません。司法の不当な判断に惑わされず、危険な原発をなくしていくことが重要です。