2015年12月2日(水)
きょうの潮流
「そつのある人生を歩んできた」。93歳で亡くなった漫画家の水木しげるさんは自身の歩みをそう表現したことがあります▼子どもの頃は「アホ」といわれ、学校は中退をくり返し、仕事をやらせれば長続きしない。戦争に行ったら、毎日上官からのビンタの嵐。帰国しても食べるのに精いっぱいで、あっという間に40歳すぎ。妖怪ブームに乗って忙しくなったが、こんどは締め切りに追われっぱなしの日々…▼「成功や栄誉や勝ち負けを目的にして、事を行うべきではない」。結果を気にせず、自分がしないではいられないことをし続ける。それこそが喜びで、生きがいである―。水木さんにとっては好きな漫画を描き続けることでした▼妖怪と戦争が二大テーマ。「ゲゲゲの鬼太郎」をはじめとする数々の妖怪漫画。目の前に見えることだけが事実ではない、妖怪とは人の心の中にいると、独特の世界観を描きながら、現代社会への批判も▼戦争中、南方の最前線に送られ、所属部隊は水木さんを残して全滅。自身もマラリアに苦しみ、空襲で左腕を失い、死線をさまよいました。不条理、人間の死、生への執念。その体験は「総員玉砕せよ!」などの戦記漫画に描写され、むごさを告発してきました▼みずから作詞した鬼太郎の歌にこんな一節があります。「たのしいな たのしいな おばけは死なない 病気もなんにもない」。そこには、あらゆる尊厳を奪われ死んでいった戦友たちへの鎮魂と、反戦への強い思いが込められていたはずです。