2015年10月29日(木)
追悼 がんと闘病 将棋赤旗名人 天野貴元さん
世界一前向きに生きた
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27日、30歳の若さで亡くなった将棋赤旗名人の天野貴元(よしもと)さん。最期まで将棋を愛し、盤と向き合った人生でした。
天野さんは昨年11月、舌がんとたたかいながらアマ主要タイトルの一つ、赤旗名人戦で優勝。プロ棋士を養成する「奨励会」の三段リーグ編入試験に挑戦するなど、プロ棋士になる夢に挑み続けました。
来月開かれる第52回赤旗名人戦にも、前回優勝の招待選手として出場するはずでした。事前アンケートの目標欄には「優勝」の文字。勝利への意欲は衰えませんでした。
天野さんは1996年、奨励会に入会しました。16歳で三段に昇進しますが、年齢制限の26歳までに四段に上がれず2012年に退会。それから1年、舌がんと宣告されます。10時間に及ぶ大手術を受け、その後も放射線治療が続きました。
記者が初めて天野さんを取材したのは、昨年の赤旗名人戦です。舌を摘出したため、筆談ボードを使ってのインタビューでした。
「将棋を通して諦めない気持ちを学んだ」「闘病生活を経験し、やっぱり将棋が好きだと分かった」
自らの試練に正面から立ち向かい、力いっぱい生きる姿が印象的でした。
がんの転移が見つかった時期で、抗がん剤を服用しながらの対局でした。でも「結果を薬のせいにはしたくない」と負けん気を発揮し、決勝トーナメントでは危ない場面を何度もしのいで粘り勝ち。優勝後、記者に囲まれると「明日死ぬかもしれないというなかで、今を全力で生きなければ、という思いが強い」。悲壮感なく、やり遂げたことへの喜びにあふれた笑顔が、いまも忘れられません。
プロにこそなれなかったものの、最期まであきらめず、将棋とともに歩み続けた“棋士”でした。その生きざまは、将棋ファンの心に刻まれ、がんとたたかう人々に勇気を与えたに違いありません。
赤旗名人になった日、自らの著書『オール・イン』へのサインに一言を添えました。
「世界一前向きに」
(栗原千鶴)