2015年10月20日(火)
「抑止力」を考える
恐るべき軍拡の道 危険極まる概念■「米軍との一体性」言うが…
安倍首相はじめ政府は戦争法強行の目的として、「抑止力」の向上を前面に掲げてきました。しかし、NHKが13日に発表した世論調査結果によると、国民の多数はその説明に反発しています。改めてこの問題について考えてみました。(小泉大介)
6割の人たちが「納得できない」
NHK世論調査では、「安全保障関連法の成立によって抑止力が高まり、日本が攻撃を受けるリスクが下がる」という政府の説明に納得できるかとの問いに対し、「大いに納得できる」は6%、「ある程度納得できる」は28%にとどまりました。一方、「あまり納得できない」が34%、「まったく納得できない」は25%に達しました。
安倍政権が昨年7月に集団的自衛権行使を容認する「閣議決定」を行って以来、呪文のように唱えてきた「抑止力」。その一般的な意味を辞書で調べると、“活動をやめさせる力”“思いとどまらせる力”などとなっています。しかし、軍事的にはそんな生易しいものではありません。
「抑止というのはあからさまな暴力の話。敵が1発でも撃てばこちらは100発で撃ち返すというのが本質」「抑止を多少なりとも効かせようと思えば、恐ろしく軍備を増強しなければならない」
ある軍事研究者がこう解説するように、「抑止力」とは危険極まりない概念です。これを本気で強化するということは、まさに日本という国の生きざまを根本から変えてしまうことを意味します。
さらに、「抑止力」を発揮するために軍拡をすれば、「敵対国」にそれ以上の軍拡で対抗する口実を与え、軍事対軍事のエスカレーションも生み出してしまいます。これは学問的には「安全保障のディレンマ」と呼ばれ、常識ともいえる理解となっています。
にもかかわらず安倍首相は、「抑止力」について“バラ色”の説明をするだけで、その本質や危険性について国民に何一つ語っていません。沖縄県名護市辺野古での米軍新基地建設も、「抑止力」の理屈で推し通そうとしており、その罪はあまりにも深く重い。
中国「脅威」論を振りまいた政府
安倍首相が「抑止力」の柱に位置付けているのが、「米軍との一体性」です。ところが―。
かつて自衛隊のイラク派兵を仕切った柳沢協二・元内閣官房副長官補は15日に都内で開催した会合で報告し、「(戦争法で)日米が一体であることが示されるから抑止力が高まるというが、これは何なんだ」と根本的な疑問を表明しました。
同氏は、安倍首相訪米を控えた2013年2月、米軍準機関紙「星条旗」が尖閣諸島をめぐり、「無人の岩のために俺たちを巻き込まないでくれ」という論評記事を掲載したことを紹介しました。
政府は戦争法強行成立のため、中国「脅威」論も振りまいてきました。しかし実際には、「(日米の)双方が感じる脅威には隔たりがある」(柳沢氏)というのです。
なるほど、昨年4月に来日したオバマ米大統領は安倍首相との会談後の会見で、「日本の施政下にある領土は、尖閣も含めて安保条約第5条の適用対象となる」と述べつつも、「安倍首相との議論で私は、この(尖閣領有をめぐる)問題を平和的に解決することの重要性を強調した」「挑発的な行動はとるべきではない」と釘を刺しました。
米政府は中東地域で「対テロ戦争」を継続・強化する一方、中国については「関与」政策を基本的に維持しているとみられます。日本が中国の「脅威」をもって「抑止力」を強化しても、肝心の米国にはしごを外される可能性があり、この点でも政府の言い分は破綻しています。
柳沢氏は、戦争防止のためには経済などソフトパワーのさまざまな手段を発掘することが重要だと指摘した上で、こう力説しました。「軍事的抑止に頼らない思想のアセット(資産)をしっかりつくらなければならない」