2015年3月26日(木)
2015 とくほう・特報
介護報酬大幅削減
基盤崩壊の危機
安倍内閣は、介護保険から事業者に支払われる介護報酬を4月から大幅に削減しようとしています。改定率はマイナス2・27%ですが、特別な上乗せの「加算」を除けばマイナス4・48%と過去最大規模の削減です。「デイサービス事業所が3月で閉鎖」(長野県)など廃業する事業者が続出、介護基盤崩壊の危機にさらされています。いっせい地方選挙の大きな争点になっています。 (内藤真己子)
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「なんで来たらあかんの。私、やっぱりここがいいわ」。名残惜しそうに80代の女性が言いました。「悪いなあ。もう終わりやねん」。2月末、大阪市西淀川区の小規模型デイサービスが閉鎖しました。団体職員だった村上良一さん(66)が「自宅のような施設をつくりたい」と2010年に民家を改装し開設。「ここしか、ダメ」と、大勢の集団になじめなかった8人が通っていました。
介護認定の更新で要介護2の人が要支援にランク下げされ、報酬が減って赤字が募ります。今改定が決定的な打撃でした。要介護者は約9〜10%の報酬削減、要支援2の3人は同20%の削減です。要支援者は今後市町村の事業に移り、さらに報酬が下げられます。
「『何とか続けて』と言われました。でも展望がもてない」と村上さん。開設経費の700万円の半分は未返済です。
「介護される人もする人も、みんな笑顔に!北海道連絡会」による道内の訪問介護、通所介護、特養ホーム事業所へのアンケート(中間集計、89事業所)では、77%が報酬改定で「経営は後退せざるを得ない」と回答。対応は「賃金・労働条件の引き下げ」31%、「人員配置数の引き下げ」42%。「事業所廃止」19%になりました(複数回答)。「廃止」には通所介護が8件、特養ホームも1件含まれていました。
全日本民医連の林泰則事務局次長は「報酬削減が事業者や地域、利用者に与える影響や困難は過去最大。新たな『介護難民』を大量に生み出しかねない」と指摘します。
日本共産党は国会で、報酬削減が安倍内閣による社会保障自然増の削減の「象徴」だと批判、「介護の基盤整備に重大な支障をきたすことになりかねない」(小池晃副委員長)として「撤回」を求めています。
介護報酬削減 苦渋の現場
職員減・賃下げ サービス低下に
自民・公明の安倍政権による介護報酬の大幅削減で、介護事業者が悲鳴を上げています。4月実施を前に現場を追いました。
赤字転落の危機
「お誕生日おめでとうございます」。介護職員の呼びかけで入居者が拍手すると、花束を受け取った102歳の女性が、顔をほころばせました。大阪府吹田市の特別養護老人ホーム・いのこの里(80床)は「その人らしい暮らし」を支援するため、国基準の1・8倍の職員を配置しています。
特養ホームの介護報酬は、基本報酬が約6%の減額です。「職員を減らしたり、非正規職員の比率を増やしたりしないといけないかもしれない」。山本智光施設長(42)は苦渋の表情をみせます。「入居されている方の暮らしの質、職員の生活、施設の経営…。守っていけるのか不安がつきません」
基本報酬削減による減収は年1600万円です。政府が「介護職員の賃金を月1万2000円相当引き上げる」という新しい「介護職員処遇改善加算」など各種加算がとれたとしても年200万円の減収に変わりません。新加算がとれないと年650万円の減収。常勤職員1・8人分の人件費に匹敵します。
いまでも「途切れることなく介助が続き、職員は常に走り回っている状態」と介護主任の恩田達也さん(34)。ケアマネジャーの川島妙美さん(47)は「職員を減らすと利用者とコミュニケーションがとれなくなり、サービスが低下します」といいます。
度重なる報酬削減の影響で、すでに約半分が非正規職員です。「非正規は夜勤に入れない人が多く、これ以上増やすと常勤者の過重負担となり離職者が増えます。入居者の暮らしの質に影響しかねない。それだけは避けたい」と佐々木政布施設部総主任(37)。
2009年に国の交付金として導入され、3年前、介護報酬に組み込まれた介護職員処遇改善加算を財源に、毎年平均月額5000円の定期昇給を行ってきました。それでも勤続8年の恩田さんの手取りは、夜勤手当を含め月24万円です。
しかも、同加算の対象は介護職員だけ。同施設では看護師や調理師など他の専門職の定期昇給も行ってきましたがマイナス改定で極めて厳しい状況です。
安倍首相は介護報酬について「安定経営に必要な収支差が残るように適正化した」と国会で答弁しました。しかし、吉川幸志副施設長(38)は「厚労省は特養の収支差率を8・7%としていますが現実離れしている。うちは1・3%。今回の改定で赤字に転落しかねません」と。全国老人福祉施設協議会は今改定で「5割近くの施設が赤字に転落する」と試算しています。
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集まらない人手
「60年やっていますが、いまが一番厳しい」。こう語るのは、東京都足立区を中心に、特養など11施設を展開する社会福祉法人聖風会の近藤明理事長(88)です。
改定で収支差率は1%に落ち、収支は成り立ちません。「収支差が3%ないと定期昇給は難しい。新しい処遇改善加算をとっても、主に各種手当の引き上げで対応せざるを得ません。しかし賃金を上げないと人は集まらない。行政はどう思っているのか」
たびたび広告を打っても職員が集まりません。人手不足を高額な「紹介料」がいる派遣社員でしのぎます。
同法人は、特養入所待機者が3700人を超える足立区で来年、160床の新特養ホームを開設します。ところが約50人の新規採用職員のめどはたっていません。「開設時に全床オープンできない」。近藤さんは嘆きます。
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労働条件悪化へ
介護職員の全国平均賃金は全産業労働者平均の7割。人手不足解消のためにも処遇改善は喫緊の課題です。
しかし、東京都北区に住むグループホームの常勤職員の男性(38)は、月5、6回の夜勤手当も入れ、賃金は手取り月16万円です。グループホームは基本報酬が5・7%以上の削減。「会社は経営が厳しくなると言っていました。賃上げの話はありません」
日本共産党東京都議団の特養ホーム調査では、介護報酬削減で33%が「職員給与の見直し」を検討。「職員体制の見直し」は52%におよびました(複数回答)。全国福祉保育労働組合高齢種別協議会の横田祐議長は警告します。「報酬削減で、処遇改善どころか労働条件悪化は必至です。結果として離職に拍車がかかり、人手不足が深刻になりかねない」
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デイケアも減収
報酬改定では介護保険のほとんどのサービスの基本報酬が切り下げられます。
デイケアは要支援1、2の基本報酬が約24〜26%の大幅カット。要介護1以上も事実上引き下げです。
京都市北区の住宅街にある紫野協立診療所デイケアは要支援1、2が利用者の45%を占めます。管理者の伊藤崇志さん(33)は「改定で前年比10%(年間600万円)もの減収。大打撃です」。
社会保障費の増額を
全国老人福祉施設協議会参事 福間 勉さん
今回の介護報酬改定は2000年に介護保険制度が始まって以来、最悪の改定です。
特養ホームは基本報酬だけだと1施設あたり平均1000万円の赤字になります。一番恐れるのは利用者サービスの低下です。さらに職員の賃金水準の引き下げ、非正規雇用への切り替えなどによる介護職離れが増え、負のスパイラル(らせん)を危惧します。
アベノミクスの良し悪しはともかく、財源不足だからと社会保障費を削るのは違うのではないでしょうか。特養の待機者が52万人もいて、無届けの施設での虐待が社会問題になっています。介護が危機的な状況にあるのに、この政策判断でいいのでしょうか。日本の社会保障給付費はOECD諸国と比べると低い。もっと引き上げていい。
今後、実態調査により問題点を把握・整理して、介護報酬の再改定も含め、政治に訴えていくことも必要だと思っています。
各地で反撃 共産党「削減中止を」
日本共産党は13日、来年度予算案の組み替え動議を国会に提出。介護報酬の削減中止と介護・福祉職員の処遇改善、人手不足解消への公的支援の抜本的強化を求めました。
各地で反撃が広がりつつあります。みんなで介護保険をよくする京都実行委員会は今月上旬、「こんな改定かなん!」と集会とパレードを行いました。主催した京都社会保障推進協議会の松田貴弘介護部会長(52)は「事業所をつぶし、利用者からサービスを取り上げる改定は許せない。事業者と市民が手を携え削減中止、再改定を求める共闘を広げたい」と意気込みます。