2015年2月5日(木)
2015 焦点・論点
安倍農協「改革」とTPP
東京大学大学院教授 鈴木 宣弘さん
農協解体は地域社会を壊す 農業が巨大企業の食い物に
何のために誰のためにやる「改革」なのか―。安倍政権が狙う農業・農協「改革」にたいし、農協関係者だけでなく与党内からも疑問の声があがっています。鈴木宣弘東京大学大学院教授(農業経済学・国際貿易論)に農協「改革」と環太平洋連携協定(TPP)の問題点について聞きました。
(聞き手・山沢猛)
――安倍首相は「強い農協をつくり農家の所得を増やしていくのが目的だ。中央会は地域の農協のサポート役に徹してほしい」といって、農協法を改定し、中央会(全国農業協同組合中央会、JA全中)による地域の農協への指導・監査権の撤廃をいっていますが。
国際団体も反対
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今回の「改革」は現場の意見や声はまったく無視され、財界側の意見がそのまま政府方針にもちこまれています。地域の農協がいまJA全中によってしばられて創意工夫ができないなどという事実はありません。みんな自分で販路をさがしながら、全中やJA全農(農作物販売を担う全国農業協同組合連合会)という全国組織をうまく活用して、個別販売(地域農協による販売)と系統販売(全農を通じての販売)を組み合わせて工夫してやっています。地域の農協は中央会の役割をきちんと評価しています。(グラフ参照)
「廃止するのはJA全中の指導・監査だけだ」といっていますが、まずは全中の権限をはがせば全国的な結集力が弱まり、TPP反対運動などのエネルギーをそぐことができると踏んでいます。
それから「全農を株式会社化する」といっています。全農は全国的な共同販売を担い、独占禁止法の適用除外になっていますが、株式会社化したら適用除外をはずされます。個々の農家の取引交渉力はイオンなど買い手の大手スーパーにくらべたらきわめて弱いので、価格を維持するために農家が集まって共同販売をしています。
この共同販売はカルテル(企業連合)ではなく、むしろ競争条件を対等にするためのルールとして国際的に認められて制度になっています。それを日本だけつぶせといっているのです。
世界の主な協同組合が加盟する国際協同組合同盟(ICA)も昨年6月、日本の農協が経済や震災復興に「多大な貢献」をしていると評価し、国連が2014年を国際家族農業年に定めた趣旨からも、農協運動の解体に「反対」すると表明しています。
――全中、全農の弱体化は個々の農家の不利益までつながるんですね。
生産農家を守ってきた相互扶助(=助け合い)組織を民間企業化するわけですから、そうなります。独禁法の適用除外を解かれると、農家同士で熾烈(しれつ)な競争をすることになり、買い手側がさらに買いたたける状況がつくられます。
象徴的な例として、イギリスで独占禁止法の適用除外だった生乳の生産者組織「ミルク・マーケティング・ボード」(MMB)が1994年に解体され、その後農村は大手小売りと酪農多国籍企業の“草刈り場”にされ、欧州連合で最低の乳価に暴落した事実を忘れてはなりません。
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金融・保険を分離
――政府の規制改革会議が、農協から金融・共済部門を切り離すことも打ち出しました。
安倍内閣の農業・農協「改革」の背後には、アメリカと日本の大銀行・大保険会社がいます。彼らが一番狙っているのが、JAバンク、JA共済という金融・保険部門です。その運用資金はあわせて120兆円といわれます。なかでも東京や神奈川など都市近郊農業がさかんなところでは、JAバンクやJA共済を信頼して利用する住民が増えて、高い貯金量を誇っています。大銀行、大保険会社はこの市場がのどから手が出るほどほしい。
金融・共済の問題は郵政事業の分割民営化のときとよく似ています。郵貯マネー350兆円をアメリカと日本の大銀行・保険業界がどうしても利用したいというのをうけて、小泉内閣のときに郵政事業を解体しました。それでもまだあきたらなくてTPPに日本が参加する条件として、全国の郵便局の窓口で、アメリカ保険大手のアフラックの商品を売ることまでのまされました。
“今だけ、カネだけ、自分だけ”と私は呼んでいますが、自分たちの目先の利益しか頭にない人たちが安倍政権と組んで、なりふりかまわず農協つぶしの暴走をしている、これが実態です。
――日本の農協は、営農指導、金融・共済、医療など総合的に機能していることが特徴ですね。
そうです。農協は農家が結集して販売力を強化することが目的ですが、同時に、肥料や農薬など生産資材の共同購入、その資金調達、相互扶助の共済保険や病院(厚生連病院)もあります。
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農協の営農指導は農家へのサービスですからもともと赤字で、経済事業もそれだけで黒字がでることはありません。金融と共済で出た利益を活用することで初めて総合的事業として成り立っているのです。JAバンクやJA共済が切り離されたら他の事業も成り立たず、農協自体が立ち行かなくなります。
政府は「準組合員の利用量を制限」しろなどといっていますが、たとえば北海道では、離農者や一般住民からなる準組合員がいちばん多く、8割を占めています。なぜかというと、純農村の地域では、銀行、ガソリンスタンド、スーパー(農協のAコープ)も農協関係しかないというところが多くあるからです。政府の言い分は地域社会がつぶれてしまってもいいという、現実を知らない議論です。
日本では、イオンやローソンのファーム(農場)、それから竹中平蔵氏が会長の人材派遣会社パソナなども農業への参入に意欲的です。
安倍政権がめざす将来の農業の姿は、規制をはずし株式会社が自由に農地の取得ができるようにする、参入した企業がもうかるような業種や地域で農業をやってもらう、そうでない多くのところでは農業はもういらないということになります。
「10年で農業所得倍増」という意味も、99%の農家がつぶれても、あとの1%の巨大企業が参入して仮にもうかって所得が2倍になれば「所得倍増」だといっているにすぎません。
反対のうねりを
――TPP交渉と今後のたたかいについてどうですか。
日米両政府はTPP交渉を3月中旬の閣僚会合で合意にもっていきたいと考えています。そのために抵抗勢力を黙らせることが、農協解体攻撃の目的の一つです。
佐賀県知事選で県の農協は覚悟を決めて与党に対抗して、与党候補敗北という結果をだしましたが、それを無駄にしてはいけません。いっせい地方選挙もあります。全国からTPP交渉中止、農協解体やめよの声をもう一度あげる必要があります。そのために、共産党さんには新たなうねりを起こす原動力の一つになってもらいたいと思います。
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