2014年11月14日(金)
人間らしく働きたい
ルネサス リストラを問う (上)
通勤2時間40分か退職か
夫が単身赴任で、しかも子育て中の女性に、長距離通勤か退職かの非情の選択を迫っている企業があります。5400人の人員削減、6000人の広域配転をすすめる半導体大手のルネサスエレクトロニクスです。 (堤由紀子)
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10月半ば、東京都小平市の住宅街の朝。7時10分すぎ。小さなごみ袋をいくつもさげた田中美保子さん(53)=仮名=が、マンションの階段を下りてきました。
東京から群馬へ
10月初旬からルネサス高崎事業所への通勤が始まりました。これまで通っていた武蔵事業所(小平市)は、歩いて15分でした。
自宅からまず30分、最寄り駅まで歩きます。当初はバスに乗り、乗り継ぎがうまくいかない帰り道だけ歩きました。3日目、足が腫れて痛くなりました。それでも今は、行き帰りともできるだけ歩きます。バス代が支給されないからです。「この先どうなるかわからないから、できるだけ節約したい」
ルネサスの高崎事業所へは在来線、新幹線、会社の送迎バスを乗り継ぎます。帰宅時刻が遅くなり過ぎないよう短時間勤務にしたため、1日1時間半分の賃金、月約5万円が減らされました。新幹線利用分は、月8000円の自己負担がともないます。
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7時43分。JR武蔵野線新小平駅から「むさしの号」に乗り込みます。大宮駅まで乗り換えなし。混み合うこと30分強、立ちっぱなしです。
8時30分。高崎行きの新幹線に乗り込みました。自由席に座って家から持参したおにぎりをほおばり、ぜんそくと高血圧の薬を水で流しこみました。
高崎駅に着くのが9時2分。会社の送迎バスは9時30分発のため、30分近くのロスが生まれます。バスに揺られること20分、10時前にやっと高崎事業所の敷地内に到着。
自宅から事業所まで、片道2時間40分の通勤です。
妻を辞めさせろ
田中さん夫婦は高校卒業直後に上京、日立製作所に就職しました。田中さんは福島から、夫は新潟から。
「高校を出たら東京に出て働くものだと思ってました。もう地元には帰らない。そういう覚悟で来たんです」
ところが…。
女性が働き続けるのは困難な時代でした。結婚し、子どもを産むたびに仕事を替えられました。3人目の産休中には、同じ職場だった夫に対し、会社は妻を辞めさせるよう強要しました。それでも、屈せずに働き続けました。
子育て中の夫婦に なぜ
「必ず元の職場に戻る」
2003年、日立製作所と三菱電機はルネサステクノロジを設立。10年にNECエレクトロニクスと事業統合し、ルネサスエレクトロニクスが誕生しました。
統合後、すぐにリストラを計画。昨年からは、政府が9割を出資する官製ファンドの産業革新機構が経営に関与するようになり、リストラは一気に加速しました。
繰り返し「面談」
4万8000人いた従業員のうち、5度にわたって約半数にあたる2万人以上を減らすという異常なリストラを強行。社員に繰り返し「面談」を強要し、整理解雇すると脅しながら早期退職に応募するよう迫ってきました。
田中さんが直面した退職強要は、2016年度に営業利益率2桁を達成するため、15年度末までに現在の従業員の2割にあたる5400人を削減するという計画によるものです。
今年9月、夫が高崎事業所へ配転になりました。遅番や泊まり勤務があるため、単身赴任し、会社の寮で暮らす日々です。
家族の生活は一変しました。「残業しないと辞めさせる」と言われてきた田中さんは、それまでは朝6時半には家を出て、夜8時、9時まで働いていました。そのため、時間差勤務の夫が食事をつくり、何かと子どもの世話をしていました。その頼りの夫が配転でいなくなってしまいました。
追い打ちをかけるように、ルネサスは田中さん自身にも高崎への配転を命じ、拒否したら解雇すると通告したのです。
「便利だからと、会社に近いマンションを借りたんです。お昼ご飯もそこそこに、休憩も取らずに働いてきたのに、なぜ…」
早期退職に応募するようにと、繰り返される面談。「『面談があります。来てください』と言われるたびにぞっとしました」。事実上の退職強要でした。
理解できぬ配転
田中さんの仕事は、出荷前のサンプル検査です。仕事の内容からいっても、転勤など考えたこともありませんでした。しかも、高崎事業所に出向いてみると、田中さんがやるべき仕事を別の人がすでにやっていました。「何のための配転かまったく理解できない」と憤ります。
新幹線を使っても往復5時間以上。心身への負担ははかりしれません。だからといって、田中さんまで単身赴任をしたら、月曜日から金曜日まで家には大学生、高校生、中学生の子どもたち3人だけが残されます。
「早く仕事を辞めてほしい」。子どもたちに懇願されましたが、辞めるわけにはいきません。教育費もかかります。何より、なぜ自分たちがこんな仕打ちを受けなければならないのかと、許せない気持ちが先に立つのです。
「体も心もとてもきついです。でも、ここで負けるわけにはいかない。誰かが頑張らなきゃ。私は必ず元の職場に戻ります」
(つづく)
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