「しんぶん赤旗」
日本共産党
メール

申し込み記者募集・見学会主張とコラム電話相談キーワードPRグッズ
日本共産党しんぶん赤旗前頁に戻る

2013年11月9日(土)

きょうの潮流

このエントリーをはてなブックマークに追加 Yahoo!ブックマークに登録 mixiチェック

 半世紀たった今も、重い後遺症に苦しむ人がいます。普通の生活や人生まで奪われ、胸に怒りをたぎらせながら、たたかっている人たちがいます▼1963年11月9日午後、福岡県大牟田市の三井三池炭鉱・三川鉱で炭塵(たんじん)爆発事故が起こりました。死者458人、一酸化中毒患者839人を出した戦後最悪の労働災害。「煙とガスが充満し、苦しさにのたうち回る大勢の人…。地獄だった」▼炭塵は坑内に浮遊する石炭の粉。積もれば爆発の危険をわかっていながら三井の保安はずさんでした。清掃や散水など初歩的な対応さえ怠り、「合理化」で保安要員は数人に削減。事故調査にあたった専門家も「たまり放題」だったと結論づけます▼ところが三井は責任を認めるどころか、救援活動を遅らせ、復旧作業と称して証拠を隠滅。事故の隠蔽(いんぺい)を図りました。さらに、共産党員の労働者がダイナマイトを仕掛けたという謀略説まででっち上げました▼爆発後、仲間を救おうとふたたび坑内にとびこみ、命を絶った多くの労働者のなかには共産党員もいました。地底で、もがき死んでいった人たちに罪をなすりつける卑劣さ。事故を追いつづけた先輩記者は「これほど残酷で、無慈悲で、非道で、鉄面皮な所業がかつてあっただろうか」▼重度の脳障害を患った夫を支えてきた首藤心子(しゅとうもとこ)さんは「夢叶(かな)う」と題した日記をつづってきました。「国も三井もいまだに責任を果たしていない。夢をあきらめないためにも、この50年を区切りにするわけにはいきません」


見本紙 購読 ページの上にもどる
日本共産党 (c)日本共産党中央委員会 ご利用にあたって