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2013年10月13日(日)

ガンディー国際会議

緒方副委員長が出席

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(写真)インドールで開かれた国際会議で4日、発言する緒方副委員長

 10月4日から3日間、インド中部のインドール市で、ガンディー平和基金などが主催し、インド政府後援の「ガンディー、軍縮と発展」国際会議が開催されました。

 インド独立の父といわれ、その誕生日(10月2日)が国連総会決定による国際非暴力デーとされているガンディーですが、この種の国際会議はインドでも初のものです。ガンディーの思想と行動を21世紀に引き継ぐために、開発と協力、核兵器廃絶、アジアの平和などをめぐり活発な議論が行われました。

 インド政界をはじめ各界から500人が、米国、英国など数カ国からの外国代表が参加のなかで、日本から日本共産党の緒方靖夫副委員長が出席しました。

 緒方氏は、第1日午前、「ガンディーと日本、東アジアの平和へのアプローチ」と題して発言。3日目には、主催者からの求めで、アジアの平和構築の展望について、2度目の発言をしました。

緒方氏の発言

 沖縄出身のジャーナリスト、出版人の饒平名智太郎(よへな・ちたろう、1891〜1960年)は、日本の植民地下の朝鮮と長年の英国の支配下にあったインドへの関心を深め、帝国主義反対、資本主義批判の立場を強め、1922年に、ガンディーの2冊の著書を日本に紹介しました。

 饒平名氏は抵抗思想としてのサッティヤーク・ラハ(非暴力抵抗)に着目。生涯かけて、インド独立という巨大な政治変動、民衆運動をリアルタイムで把握しました。1945年には同氏が米軍支配下の沖縄で沖縄人連盟を組織し、祖国復帰運動の先頭に立ったことを伝えました。(以上、東京外国語大の中村平治名誉教授の研究を参照)

 インド独立直後のガンディー暗殺(1948年)後のネルー率いるインド政府が米国主導のサンフランシスコ講和条約に参加せず、独自に対日講和を結んだこと、それは、日本の名誉と自由と対等を願ってのことであったことも強調しました。

 60年余を経た今日、情勢と課題は大きく異なるものの、平和、独立、社会進歩の事業を引き継ぎ、ガンディーを記念する意義を指摘しました。

 植民地体制が崩壊し、民族自決権が公認の原則として確立した20世紀、軍事同盟から抜けでて、信頼醸成と対話による安全保障確立の取り組みが進んでいる21世紀にあって、軍事的発想から抜け出せない日本政府の問題点を示しながら、日本国憲法にある恒久平和の精神を生かして外交を進め、日米軍事同盟を廃棄する展望を述べました。

 特に、沖縄をはじめとする米軍基地の存在とその害悪、撤去要求のたたかいを紹介。

 また、現在、米国主導の環太平洋連携協定(TPP)への日本の加盟の根本問題を述べ、各国との平等・互恵の経済関係の今日的なあり方を語りました。

 さらに、原爆投下についてガンディーが述べた言葉を紹介しながら、今年の原水爆禁止世界大会が、核兵器禁止条約の速やかな交渉開始を求める決議をあげたことを紹介し、共同のたたかいを呼びかけました。


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