2013年8月9日(金)
安倍改憲戦略と麻生発言の本質
丸山 重威 (寄稿)
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麻生太郎副総理の「ナチス発言」が問題になっている。「ナチスを例に挙げたことが誤解を招いた。撤回する」と弁明しながら「謝罪」も「辞任」もしない。菅義偉官房長官も「撤回したので一件落着」という。しかし私は、実はこの発言が「本音」であり、安倍内閣の改憲戦略と密接に関わっていることを問題にしなければならないと思う。
記憶を忘れない独の取り組み
今年はナチスが政権を獲得して80年。私はこの春、ドイツとポーランドを訪問したが、ドイツでは、当時の記憶を忘れないようにしよう、とさまざまな記念行事が行われている。実はそこで問題になっているのはまさに麻生副総理が言う通り「ヒトラーは、民主主義憲法の下で生まれてきた」ことだったと思うからだ。
メルケル首相は1月30日、「ナチスの台頭は、彼らと共に歩んだ当時のドイツのエリートや彼らを黙認した社会があったため可能になった」「数百万人に行われた犯罪や与えられた苦痛は決してなくならない。どれだけ補償をしてもその事実は変えられない」「民主主義を守るため、警戒を怠ってはならない」と、国民の責任を強調した。
つまりヒトラーは、最も民主的な憲法だとされたワイマール憲法の下で、合法的に政権を獲得した。しかしその後、国会放火事件をでっちあげて共産党を弾圧し、大統領緊急令を使って議員を予防拘禁し、突撃隊や親衛隊が取り囲む中で、「全権委任法」というおよそ民主主義憲法下では考えられない法律を制定した。この間、世の中は決して平穏ではなかったが「暴走」は止められなかった。
麻生副総理は、ここで憲法が改正されなかったことをあげ「いつのまにか憲法が変わっていた」「これを見習わなければならない」と述べている。撤回したと言うが、この発言は安倍政権の改憲戦略から見ると、これこそ立法改憲の具体論であることに気づく。
安倍政権は、当初改憲要件を緩和する「憲法96条先行改憲」に取り組み、参院選で争点にしようとしたが、世論の反対でいったん引っ込めた。そして参院選後の取り組みでは、もう一方の解釈・立法改憲路線を進めようとしているからだ。
集団的自衛権の行使を可能にするため、まず安保法制懇の答申を得て、「集団的自衛権は認められない」とするこれまでの政府解釈を改め、その上で「国家安全保障基本法案」を成立させようというものだ。
この法案は、憲法9条の精神も議論も「骨抜き」にしてしまう憲法違反の「下克上立法」だが、国会の多数で法律が成立すれば、まさにナチス政権下の全権委任法のように、違憲の集団的自衛権の行使も、「合法的」にできることになる。
ナチス「手口」に学んだシナリオ
安倍内閣は既に防衛大綱見直しの中間報告で「専守防衛の転換」や「敵基地攻撃の検討」を打ち出している。「専守防衛」や「集団的自衛権の否認」を基礎に憲法9条と自衛隊の存在を両立させてきた政府の憲法解釈を変えるため、内閣法制局長官も交代させた。
まさにワイマール憲法下でナチス独裁が可能になった「手口」に学んで、日本国憲法下で、違憲の法律で「日本を戦争ができる国」にするシナリオだ。
麻生発言は安倍改憲戦略と見事に符合する「本音」だ。だから、麻生副総理は謝罪しない。ナチスの暴走を止められなかったのは、当時のドイツ国民だった。
私たちは、私たち自身の誇りと歴史に懸けて、「麻生ナチス発言」を許すわけにはいかない。
(まるやま・しげたけ 元関東学院大学教授・ ジャーナリスト)