2013年6月7日(金)
きょうの潮流
阪神・淡路大震災を体験した作家の高村薫さんは、3・11の直後にこんなことを語っていました。「より人間のサイズに合った生活を選択するほうが、より自然で無理のない社会ができる気がして仕方ない」▼未曽有の大震災と、生存を脅かす原発事故。人間の営みを根こそぎ奪った災害は、表現する者に突きつけました。いま何を発信するのか。それは文学をはじめ、文化芸術の今日的な課題にもなっています▼写真も、そのひとつです。東京都美術館で開催中の第38回全国公募写真展「視点」は、被災地の光景とともに、列島に息づく日常をテーマにしたものが多い。一枚一枚から、それぞれの撮影者が大切に思う命の尊さが伝わってきます▼真剣なまなざしで髪をとかす100歳のおばあちゃんや、仮設住宅にサケをつるしてほほ笑むおじいちゃん。疲れたサラリーマンや、成人式の若者の表情を切り取った写真も。伝統の祭り、下町、厳しい自然に生きる人々…。どれも、命が宿ります▼展示を構成した尾辻弥寿雄さんは3・11後の特徴を二つあげました。一つは被災地の写真が増えたこと。もう一つは「人間の喜怒哀楽がつまった何気ない日常の暮らしや風景。そういう写真が顕著になっている」▼社会のあり方や、わたしたちの生き方が根本から問われているいま、目の前の日常を慈しむ人たちが増えていることは、大きな変化です。当たり前のように紡いできた光景を次の世代に引き継ぐ。それは、表現者だけの責務ではないでしょう。