2013年5月5日(日)
日本の異常 生活保護(上)
欧州の手厚い社会保障
子ども10人家族 英国手当1425万円
生活保護の利用者は若者が中心、お年寄りには年金が充実、生活保護を利用しなくても医療費は無料か低額、生活保護を受けたからといって自動車は手放さなくてよい…。日本と同じように発達した資本主義国であるイギリス、フランス、ドイツの社会保障の姿です。それと比べると、使いにくい生活保護をさらに切り下げようという日本の施策は、異常な貧しさです。(鎌塚由美)
個人をみた給付
ある家庭が受け取った手当の総額は、年1425万円。
|
2010年に訪れたイギリスの駅のキオスクで、三成一郎さんは新聞を手にとって驚きました。「こんなに手厚いとは」
特集記事で紹介されていたのは、生活保護世帯の暮らしぶりでした。7人の子どもと無職の夫婦は年に約630万円、10人の子どもと無職の夫婦は年に約1425万円の手当を受けていました。
日本でいう生活扶助費(所得補助)が高額なわけではありません。「生活全般の手当があいまってナショナルミニマム(国民最低限)を構成している」。社会保障総合研究センター事務局長を務める三成さんの見方です。
イギリスには個人の必要に応じた給付があります。無収入・低所得者には「所得補助」、求職活動中なら「求職者給付」、傷病者・障害者や求職手当を受けていない人には「雇用・支援給付」。子どもの養育には「子ども手当」のほか、低所得層なら「児童税額控除」という給付金がつきます。
英紙が紹介している子ども10人の家族にも、多くの手当が支給されていました。住宅と朝食の手当。児童税額控除。子ども手当。妻への障害者生活給付。その妻を介護する夫への介護者給付。そして所得補助です。
批判にも堂々と
子どもが多くなるほど手当が増えることから、当時の閣僚が「家族に責任を持て」などと批判し、物議をかもしていました。
しかし、英紙の取材を受けた手当利用者は、「私が仕事をしていようがいまいが、子だくさんなんていわせない」(子7人の母親)と意気軒高です。手当を受け取るのは国民の権利だ、と堂々と主張しています。
生活保護 “仏ではバッシングあり得ない”
英・仏・独 年金で人間らしい生活
日本 増える高齢者の利用
イギリス、フランス、ドイツで生活保護の主な利用者は「働ける年齢層」です。
フランスの生活保護利用世帯で高齢世帯の占める割合は16%にすぎません(グラフ)。
ドイツの制度に詳しい大阪市立大学の木下秀雄教授によれば、ドイツでは「働ける年齢層」向けの生活保護(求職者基礎保障)利用者は600万人程度。65歳以上の高齢者と障害者を支援する制度の利用は100万人程度にとどまります。イギリスでも高齢者の生活保護利用はほとんどないといわれます。
人間としての尊厳
なぜ高齢者の利用が少ないのか。「年金や医療などの保障が手厚いからです」と専門家は口をそろえます。
イギリスで永住権を取得し、家政婦などで働いて年金暮らしとなった高尾慶子さんは著書『イギリス ウフフの年金生活』(展望社)でロンドンでの年金暮らしを語っています。
年金支給年齢になれば、光熱費は冬期に暖房手当(3万円=当時)が出る、交通費は無料、民間アパートの家賃の8割は国の住宅手当でまかなわれる。消費税は日本に比べて高いけれど、食料品にはかからない。映画館の割引もある。医療費は完全無料…。「贅沢(ぜいたく)はできなくとも、十分に人間としての尊厳を保って生活のできる(年金)額」だと高尾さんは述べます。
ドイツも「老齢年金で生活できる仕組みを戦後の努力でつくっています。現役時代の生活の継続性を大事にするのが建前です」と木下教授はいいます。
ドイツの年金財源は労使折半が基本ですが、収入のない人の保険料は国が負担。低年金者を生まない努力がされています。
年金をもらうことになる退職時(退職年齢平均59歳)には、お祝いのカードを贈る習慣があるフランス。カードには「退職・自由・ルネサンス。君のためにすべてが再生する」などの言葉が並びます。
「フランスでは、定年退職は喜びなんです。定年退職後の再就職なんて聞いたことがありません」。フランスの社会保障制度を長年研究してきた広島県立大学の都留民子教授は語ります。
日本と同様に、医療保険制度を基礎とするフランスも医療費の窓口負担は原則ゼロ。ドイツも月1000円ほどの定額負担だけです。
こうした社会保障の支えがあるため、高齢や病気になったからといって最低生活を割り込む人は多くありません。
日本女性の低年金
|
それに比べて日本はどうか。国民年金の満額は月6万5541円(2012年度)です。収入は国民年金だけの高齢者も多く、女性の低年金は深刻です。厚労省の調査で、年金を受給する女性の65%が年収100万円以下。年収50万円(月約4万円)以下の人も3割近くいます。
医療費の窓口負担は1〜3割。介護保険サービスも1割の利用料を払わないと使えません。医療も介護も定率負担なので、高齢で身体が衰え病気がちになるほど負担は重くのしかかります。
日本の全住宅に占める高齢者、低所得者向け公共住宅の割合は5%ほど。イギリス(21%)やフランス(18%)に遠く及びません。石原前都政から現都政までの14年間にわたり都営住宅は一棟も増築されていません。大阪府では橋下府政時代に府営住宅の半減が打ち出される逆行ぶりです。住宅手当も、イギリスでは全世帯の18%、フランスでは25%が受けています。
日本で生活保護を利用する高齢者が増え続けるのは、年金、医療、介護、住宅などの保障があまりに貧困だからです。
60歳以上伸び顕著
日本では、生活保護利用世帯の44%を65歳以上の高齢世帯が占めます。2000年以来の年次推移をみても、60歳以上の高齢者の伸びが大きな特徴になっています。
それにもかかわらず、政府は親族の扶養義務を強化することで、高齢者の生活保護利用を無理やり減らそうとしています。
生活保護を受けようとする人の親族への扶養照会が行われる現在でさえ、「親族には知られたくない」と保護辞退者が出ています。厚労省が狙うように「扶養が困難な理由の証明」まで求めることになれば、「子どもに迷惑をかけたくない」と辞退者が続出することは必至です。
他の社会保障が貧しい日本で生活保護を利用できないことは、命に直結する問題です。
昨年春、芸能人の母親が生活保護を利用しているという報道が契機となって生活保護バッシング(たたき)に火がつきました。違法性はなかったにもかかわらず、息子の芸能人は謝罪に追い込まれる事態になりました。
仏フィガロ紙の日本駐在記者、レジス・アルノー氏は、扶養をめぐる生活保護バッシングは「フランスではあり得ない」と書きました。「母親は失業して国に助けを求めた。息子は一生懸命働いて高い所得税を払っているのだから、政府の歳入の足しにさえなっている。息子がいくら成功していても、母親はできる限り政府の寛大さに甘えるべきだ―フランス人ならそう考える」(『ニューズウィーク』誌日本版のコラム、12年7月23日)
|