2013年3月17日(日)
主張
成年後見と選挙権
「投票に行きたい」願いは当然
金銭被害などにあわないようにと成年後見制度を利用したために選挙権を奪われた知的障害者の女性が選挙権回復を求めた訴訟で、東京地裁は女性の訴えを認め、選挙権を奪った公職選挙法の規定は「憲法違反で無効」とする初めての判決を言い渡しました。すべての国民に平等に認められた選挙権の制限は原則として許されないとした判決は、障害者らの参政権の保障への大きな一歩です。国はこの判決を重く受け止め、法改正に向けた取り組みは急務です。
ずっと投票してきた人が
茨城県牛久市に住む原告の名児耶匠(なごやたくみ)さん(50)は知的障害がありますが、読み書きに不自由はなく、選挙権を得てから一度も投票を欠かしたことがありません。親から「棄権はいけない」と教えられ、毎回の選挙公報も熟読して投票所に足を運んでいました。
ところが、計算が苦手な匠さんの将来の財産管理などを心配した父親が、匠さんの妹と2人で成年後見人になると、匠さんへの選挙はがきが届かなくなりました。公職選挙法11条にある、後見人がついた人は「選挙権を有しない」の規定が匠さんの主権者としての当然の権利を奪ったのです。
同じ程度の障害のある人は選挙権があるのに、後見人がついた障害者は選挙権を失うというのは不平等ではないのか、利用者の権利を保護することを目的にした後見制度によって、憲法で保障された選挙権が奪われるのは不合理ではないか―。匠さんと家族が突きつけた国への怒りと、心からの叫びでした。公選法規定を違憲と明快に判断した判決は、匠さんたちの願いを全面的に受け止めたものです。後見制度で判断されるのは財産などの管理能力の有無であって、選挙権を行使する能力とは異なる、と判断したことは後見制度の理念にも関わる重要な言及です。
判決が、障害や老化などで判断能力が低下するなどさまざまなハンディキャップを負う者が多数存在するなかで「そのような国民も、本来、わが国の主権者として自己統治を行う主体であることはいうまでもない」と強調したことは、今後の日本の社会のあり方にとっても意義深い指摘です。
成年後見制度は、認知症や知的障害・精神障害者で判断能力が不十分な人を保護し、支援する目的の制度です。障害者の権利の制限と差別的な規定だった明治時代からの「禁治産」制度をあらため、障害者の自己決定権の尊重と本人保護のためという理念が取り込まれたものでした。ところが選挙権剥奪など旧制度の規定のまま引き継がれたものが少なくなく、制度改定当時から大問題になっていました。
後見人がつくと選挙権を失うという規定は、欧米諸国では次々と撤廃されつつあります。障害者権利条約の批准に向けた国内法整備のためにも、時代に逆行する規定は改めなければなりません。
控訴せず権利回復を
後見人がついたために選挙権を奪われた人たちの選挙権回復を求める裁判は北海道、埼玉、京都で続いています。
「また選挙に行きたい」。障害のある人たちの願いと東京地裁判決に、政府は正面からこたえる責任があります。控訴をすることなく、公職選挙法の改正などによる選挙権の回復を急ぐべきです。