2012年10月13日(土)
きょうの潮流
少々古い話を。ことし7月、日本に住むフランス人記者、レジス・アルノーさんの記事に注目しました▼「人気お笑い芸人の河本準一は生まれる国を間違えたのだろうか」。河本さんが、“高収入を得ながら母親が生活保護を受けていた”と、自民党議員に攻撃された事件によせて書いています▼「フランスの基準からすれば、河本親子は当然のことをした。母親は失業して国に助けを求めた。息子は一生懸命働いて高い所得税を払っているのだから、政府の歳入の足しにさえなっている」(『ニューズウィーク日本版』7月18日号)▼お国柄の違いと退けられません。日本でも、1950年にできた今の生活保護法は、金持ちの息子がいても仕送りがなければ保護を受けられる建前です。46年の旧法では、仕送りがなくても仕送りできそうな息子がいれば受けられなかったのですが▼今も“自分たちの負担で”と、「自己責任」を振り回す人たち。政府は、生活保護をもっと“狭き門”にする考えです。が、もともと、震災や原発事故、会社の都合の失業で収入を失うのは、自己責任といえません。私たちは、放っておけば失業や貧困のはびこる社会が土台の国に住みます▼マルクスが説きました。「資本」は貧しい人を助ける費用を「自分の肩」から労働者や庶民の負担になすりつけるすべを知っている。その「資本」の無責任とたたかい、社会は進歩してきました。ちなみにアルノーさんによれば、フランスの親子の絆は「とても強い」そうです。