2012年10月10日(水)
きょうの潮流
ノーベル医学生理学賞の京大教授・山中伸弥さんには、2人の娘さんがいます。山中さんは、顕微鏡でみる受精卵と「自分の娘の顔が重なり合った」そうです▼動物の体は、ほんの一つの受精卵からつくられるさまざまな細胞でできます。骨、筋肉、血液…。科学者たちが、受精卵から万能の細胞を生み出し、傷ついたり失われたりした人の体の再生に生かそうとしたのも、うなずけます▼しかし、赤ちゃんになるかもしれない受精卵を壊さないと、骨や筋肉の細胞に成長させられません。人の命を救うつもりが、人の生命のめばえを摘みとらないか。倫理、人の道にかかわります▼山中さんは、娘さんの顔のようにみえた受精卵の利用を拒みました。仲間の協力であみ出した別のやり方が、iPS(人工多能性幹)細胞です。皮膚の細胞を、どんな細胞にも成長する能力をもつ受精卵のような細胞へと「初期化」し、つくりだしました▼科学と倫理。原発事故でも問われています。人々を日々危険にさらして成り立つ原発。いったん事故が起こると、労働者の被ばくの被害ぬきに後始末さえできない原発は、初めから倫理を欠きます▼山中さんは、整形外科医を志してつまずき、研究も周りに理解されず一時は「やめよう」と思いました。座右の銘は「人間万事塞翁(さいおう)が馬」。人の災いや福は、移り変わり定まりない。中国の故事では、老人・塞翁の息子が馬から落ち足を折るが、おかげで兵役を免れ無事だった。やはり、なにより命が大切でした。