2012年2月21日(火)
橋下「思想調査」 ここが問題
知人名の自白迫る米の「赤狩り」想起
立命館大学教授(憲法学) 大久保史郎さん
違憲・違法の行為だと大問題になっている橋下徹大阪市長の「思想調査」について、公務員の市民的自由をめぐる裁判に詳しい大久保史郎立命館大学教授に聞きました。
橋下徹大阪市長による「思想調査」はひとまず「凍結」されたようですが、それではすまない重大な問題が残されています。
今回の「アンケート」と称する強制的調査は、ほぼ全職員を対象に、回答者の氏名を特定できる形で、職務とはまったく関係ない「組合活動」「特定の政治家を応援する活動」に関わったかなどを問うものです。それも、「行為」だけではなく、「自分の意思で参加した」か、「誘われたか」や「誘った人」、また「場所」「時間」、組合活動・政治活動に対する意見や認識、感情など職員の「内心」全般―思想、良心、信条にまで踏み込んでいます。これは日本国憲法、地方公務員法、労働組合法に明確に違反します。最高裁判例から見ても、市長や市当局という公権力が行ってはならないことは明らかです。
この「調査」の悪質さは、職員だけでなく、投票支持や応援などに「誘った人」=友人・知人の名を聞きだそうとしていることです。この尋問によるリストづくりの手法は、悪名高い「ギルト・バイ・アソシエーション」(「交わりの罪」)と呼ばれているものです。
マッカーシズムによる「赤狩り」が横行した1950年代の米国では、議会の「非米活動委員会」が「共産主義者」「同調者」というレッテルを張った人物を尋問し、友人・知人の名前の自白を迫り、これを拒否すると「議会侮辱罪」で起訴されたり、職を失ったりしました。
これは旧東ドイツのシュタージ(秘密警察機関)が採った手法をも想起させます。「反体制的」だと疑われた市民の自白をもとに、さらに多くの人が尋問され、市民同士の疑心暗鬼による恐怖政治が行われました。東独解体後、市民の交友関係についての膨大な数の調査票やリストが発見されています。
この「調査」の作成・実施は大阪市特別顧問の野村修也氏が主導する「特別チーム」によるものです。中央大学法科大学院教授の野村氏は企業コンプライアンス(法令順守)や内部告発問題の専門家ですが、業務命令で、しかも第三者的立場としての保証がないチームによる今回の調査はとんでもない権力乱用です。公職にあって権力を持つ人間が決して手を染めるべきではない違法行為です。
この調査が「凍結」されたのは回答期限を迎えた2月16日です。3万数千人にのぼる市職員を対象に、交流関係のある膨大な数の一般住民の情報が少しでも収集されたとすれば、事態はすでに深刻です。職員や市民の間でどれほどの疑心暗鬼を生み出したでしょうか。
少なくともいえることは、この調査は「一度権力を握ると、ここまでやるのか」という恐怖感を職員や市民に抱かせ、黙らせる効果を発揮し、すでに私たちの社会を傷つけただろうということです。それが狙いなのかとさえ思います。
格差と貧困が広がる中で、今の政治や社会に対するやり場のない不満をもつ多くの人々が存在します。歴史は、そういう人々の不満や雰囲気を利用して次々と「敵」をつくって攻撃し、権力や支配をほしいままにする政治=ファシズムが台頭する場合があることを教えています。また、そのような動きに対しては、思想・信条などの違いを超えて連帯、対抗する必要があることを教えています。
「調査」を中止させ、収集情報を確実に廃棄させ、違法性を認めさせることは当然です。そのためにも橋下氏らがどんな経過で調査票を作成し、何を意図したのかなど責任の所在を具体的かつ明確にすることが必要です。聞き手・林信誠