[8問8答]そこが知りたい! 合併論議のポイント


問6 「合併特例債がある今のうちに合併すべき」といいますが?

答 借金を増やし財政危機をひろげる危険を、長期の目で考えることです。


 たしかに合併特例債は、国が市町村合併をすすめるための最大の「アメ」といえるでしょう。この制度も合併特例法の第一一条の二で定められているので、特例法がなくなればこの制度もなくなるという法律の建前になっています。そこで国や合併推進の側からは、「合併特例債がある今のうちに合併しない手はない」と、市町村、あるいは住民を合併に駆り立てているわけです。

 考えてみる必要があるのは、そもそも、これは公共事業の新たな拡大支援策だということです。合併特例債の対象は、「合併市町村まちづくりのための建設事業」と「合併市町村振興のための基金造成」の二つです。しかし、「まちづくり建設事業」はどこでも数百億円の規模で、一方の「振興基金造成」(最大でも四〇億円)と比較して、段違いに多いのです。つまり、合併特例債の基本的な性格は、建設事業の促進、公共事業の奨励策にほかなりません(参考 合併特例債の発行が認められる額は、総務省が基準をつくっていて、合併市町村の組み合わせによって違います。総務省ホームページの合併コーナーでは、合併の組み合わせを入力すると、発行可能の試算額がすぐに表示されるようになっています)。

 この合併特例債は、一九九九年の特例法の改正で加わったものです。新市町村建設計画のうち合併後一〇年間の事業を対象にして、事業費の九五%をこの合併特例債という借金でまかなうことができ(充当率といいます)、その借金返済(元利償還といいます)については、市町村の財政力に関係なく、一律にその七〇%を普通交付税で面倒みる(しくみ的には、基準財政需要額に算入する)というものです。

 これまで、国が市町村の公共事業を促進するための地方債の代表格として、地域総合整備事業債(地総債)がありました(今年度は、昨年度からの継続事業だけに認め、以後廃止とされました)。この地総債は、充当率が事業費の七五%で、元利償還の交付税算入が市町村の財政力に応じて、最低は三〇%から最高でも五五%でした。この意味では、合併特例債は、いま過疎の自治体だけに認められている過疎債(充当率一〇〇%、交付税算入率七〇%)とほぼ同じ条件であり、地方自治体に「有利な借金」といえます。

 しかし、いくら「有利な借金」といっても、合併市町村の財政負担がともなうことには変わりありません。まず、事業をはじめる段階での事業費の五%、および元利償還の三割は、市町村の一般会計から支出しなければなりません。

 いま、地方財政は危機的な状況にあります。不況による税収の落ち込みもありますが、主な要因は、バブル経済とその破たん後の国の景気対策に動員された公共事業、とくに地方単独事業が急膨張して、その借金返済が自治体財政を圧迫しているからです。「国も地方も財政が大変だから」といって市町村合併をすすめていながら、そのための「支援策」が、公共事業の拡大誘導策、借金を増やすものであるというのは、大きな矛盾です。住民や研究者が、「合併特例債バブル」にならないか、「一〇年たったら、残ったのは大きな借金と大型施設の維持管理費だけ」にならないか、そのツケが住民にまわってこないのか、と不安をもつのは、当然ではないでしょうか。

 鳥取県西部地域の試算をみると

 合併特例債の活用と返済は、交付税との関連でどういうものになるでしょうか。鳥取県西部地域振興協議会の合併問題等勉強会が作成した試算(検討報告書から。表5 西部14市町村財政推進計表)を一つの参考にして、考えてみましょう。

 鳥取県西部地域には、米子市、境港市の二市と一二町村の合計一四市町村があります。一四市町村が合併した場合のこの推計は、社会経済情勢について、著しい変動がないことを前提に試算したものです。ただし、地方交付税については、合併の初年度(平成十六年度)から一〇%程度削減されるとして試算されているので、その点は注意が必要です。もっとも、問5の最後で触れたように、特別交付税は合併すればかなり減ることは避けられないので、合併の試算としては、地方交付税総額を一〇%程度少なく見積もる方が、実態に近いものになるともいえます(詳しくは表の解説をみて下さい)。

 この資料でわかるのは、合併特例債を毎年約七五億円(九年間)使うことができ、その借金返済(元利償還)が合併後六年後からはじまり、合併後一四年後にピーク(毎年約六五億円。これが、それから七年間つづく)の時期を迎えます。注目すべきことは、ちょうどその時期が、普通交付税の算定の特例がなくなり、地方交付税が大幅に減ってしまう時期にあたることです。そして合併後一四年後からは、合併による財政措置よりも合併による歳入減・歳出増のほうが大きくなり、合併の影響が差引きマイナスなることも試算であきらかです。

 この「検討報告書」自身も、最後の「将来展望」で、「合併に伴う財政上の影響は、実質的には平成二十五年度までしかなく、平成二十六年度以降は、人件費を始めとする合併によるスケール・メリットの部分だけとなってくるため、予算規模を縮小せざるを得ず、市町村合併が遠い将来にわたっての円滑な財政運営までをも保障するものでないことは深く認識する必要がある」とまとめています。

 しかも、ここでいう人件費などの「スケール・メリット」の主なものは、地方議員が計二三三人から三八人に一九五人減ること、総職員数が二二九一人から五五〇人減らすことであり、住民サービス、住民の自治の点からは「スケール・メリット」と歓迎ばかりしていられない大きな問題をふくんでいます。

 このようにみてみると、合併資料として「財政推計」を一〇年間程度しか出さない地域・行政もありますが、これでは「合併したらどうなるか」を正しく住民に知らせているとはいえないことはあきらかです。最初の一〇年間だけの資料では、合併特例債を活用して事業が始まる、その返済は六年目からははじまるが、まだ返済のピークではなく、一方、その一〇年間は、地方交付税は合併しなかった場合の計算の合計額が保障されている――そういう数字しか出てきません。この一〇年間だけなら、「合併はバラ色」と多くの人が思っても不思議ではありません。しかし、その後の一〇年間はどうでしょうか。合併一四年目からの七年間は特例債の返済のピークの時期、一方、地方交付税は減りはじめて、一六年目からは激変緩和措置はすべてなくなり、地方交付税総額は大幅に減ってしまう。合併の影響額は差引きでマイナスになり、そのマイナスがその後もつづくのです。

 ですから、「財政推計」は、少なくとも二〇年間の試算をつくり、住民に説明するように要求することが大切です。もし、行政が「二〇年先のことはわからない」というなら、「一〇年先のこともわからない」のです。いずれも、あくまで現状を前提にして、制度の変更による影響を除外して推計するのですから、試算は技術的にはなんの困難もありません。問題は、行政側の姿勢一つです。

 みてきたように、「合併しないと公共事業が遅れる。だから合併しかない」という議論は、公共事業拡大をよしとする立場でもあり、しかも、その立場での目先の損得にとらわれたものといわなければなりません。たしかに合併しない場合、特例債と引換えに地総債が廃止されることになり、市町村によっては、公共事業が遅れるところが出るかもしれません。住民の切実な要望がある必要な事業を、少なからず抱えている自治体もあるかもしれません。しかし、いま、全国的にみれば、バブルとその破たん、その後の景気対策によって膨れ上がった公共事業費の削減は、避けてとおれない課題です。町や村がなくなることを望まないなら、「合併しないと公共事業が遅れる」などの議論に安易に乗らないで、行政運営の工夫と改善を考えるべきではないでしょうか。

 片山総務大臣は「大丈夫」というが

 国の借金だけでも五二八兆円(二〇〇二年度末推計)もの巨額をかかえているからこそ、「財政の支出を抑えるため」と市町村合併を押しつけているのに、そのために大きな財政支援をおこなうことに矛盾はないのでしょうか。

 最近、総務省が、国会での日本共産党春名衆院議員の質問への片山総務大臣の答弁を、全国の自治体に送りつけるということがおきました。春名議員はさっそく、一方的で断片的な抜粋を送りつけた総務省に抗議しました。春名議員の質問の趣旨は、「合併で市町村数一〇〇〇をめざすというが、ほぼすべての市町村が合併特例債を活用した場合、地方交付税で手当てできるのか」、というものです。これにたいして片山大臣は「大丈夫でございます」と答弁しています。しかし、「毎年度の地方財政計画の策定を通じて保証するわけで、心配ない」というだけで、まともな根拠をしめしたものではありません。片山総務大臣が、昨年十一月の経済財政諮問会議で、実際に合併するのは「一割程度」と発言していたような認識で答弁したのなら、そもそも質問に答えていません。

 一〇〇〇の新自治体が特例債を活用すればどれほどの額になるのかの推計は、出されたことがありません。地方での講演で総務省の担当者は、「地域総合整備事業債(地総債)をなくしたから大丈夫」と説明しています。しかし、地総債と合併特例債とは、規模も国の負担も違います。地総債は、国の地方債計画でも、県分もふくめて多いときで年間二兆円、昨年度は一兆五千億円程度でした。市町村の分はせいぜい一兆円規模です。しかし、合併特例債は、総務省の基準による試算では、合併新市町ごとに約四〇〇億円、約七〇〇億円などという試算結果が目白押しです。これを一〇〇〇の新自治体が活用すれば、一〇年間で数十兆円、年間では数兆円という計算になります。仮に年間五兆円とすれば、地総債の五倍です。しかも、返済についての地方交付税の措置分も、地総債が三〇%〜五五%にたいし、合併特例債は一律七〇%です。地方交付税への措置の額では一〇倍近くになるという計算になります。

 それでも、特例債の返済のピーク時でも「地方交付税は大丈夫」というとすれば、国と地方の関係では、国からの支出は今後それほど増えない」ということであり、「合併支援策」などといっても、それほどありがたがるものではない、ということになります。総務大臣みずからが、そのことを認めたことにもなります。

 総務省は、合併による地方交付税の削減分をあてにしているのでしょうか。しかし、そうなれば、地方交付税の総額そのものは大して変わらないということですから、合併特例債の返済分を軸に、公債費のしめる比率がきわめて高くなることは必至です。それだけ、福祉や教育などの自治体本来の仕事の財源保障が、必要に応じてきちんとおこなわれるのかという危惧がふくらみます。こうなれば、地方交付税のなし崩しの変質というべきです。

 合併にすすむことが避けられない地域では

 住民の意向もふくめて、すでに市町村合併がすすむ方向の地域ではどう考えればよいでしょうか。合併する場合には、特例債を活用することは当然のことです。問題は、特例債の対象になる建設事業が、ほんとうに住民の要望にこたえ、利益にかなったものであるのかどうか、建設計画の全体の規模が将来にわたって財政の健全な運営の見通しをもちうるものなのかどうか、です。建設計画をつくる段階や検討している地域では、この点を住民の要求と利益の目線でチェックすることが大切です。