鼎談 実効あるセクハラ禁止法を
昨年、世界中を席巻した「#MeToo(私も被害者)」運動。その声は今「with you」(あなたと一緒に)へと発展、日本でも性差別を許さないという声が高まっています。日本には、先進国では当たり前の職場におけるセクハラを禁止する法規定が存在していません。今年6月に開かれたILO(国際労働機関)総会では初の国際基準となる、職場の暴力とハラスメント禁止条約が採択されました。日本も含めた加盟国に国内法整備が求められます。今がチャンス──。
──1997年の男女雇用機会均等法(以下、均等法)改正で、セクシュアルハラスメント(以下、セクハラ)によって労働者が不利益を受けたり、就業環境が害されたりすることのないよう、事業主は「配慮」しなければならないと明記されました。2006年には、「配慮義務」が「措置義務」へと強化されましたが、セクハラ被害はまったくなくなっていませんね。
内藤 均等法第11条(職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置)にセクハラに関する規定があり、事業主には一定の対応の義務が課せられていますが、セクハラ被害はたくさん起きています。

吉良 昨年、この問題を国会で取り上げました。2016年度に都道府県労働局に報告があったセクハラの相談件数は7526件。また、労働局が実態把握を行った7257事業所中、5787事業所に措置義務違反があり、うち、セクハラに関する是正指導をしたのが3860件。指導する前に是正されたとみなした企業には是正指導を行っていないということでした。
内藤 労働局では、是正指導された企業の9割は何らかの対応をしたと発表しています。でも「対応」イコール「セクハラをなくした」ではありません。
角田 すごく形式的なんですね。相談窓口の設置にしても誰が、どういう考えで設置するかまで考えられていない。だから相談窓口の多くが人事部に置かれています。不利益扱いを受けるのを恐れた被害者は相談にも行けないから、実際の被害者の救済には届いていない。
内藤 相談窓口が、外部か、どの部署にも所属しない独立部門として設置されていれば、もう少し相談に行ける人も増えると思います。また、実際には被害者の大半がメンタル疾患になってしまっているので、いっそうハードルが高いのです。
セクハラの定義もない
吉良 私も被害者の方にお話を聞きましたが、みなさんメンタル疾患で苦しんでいる。2006年に措置義務になって10年以上もたっているのに多くの被害者は救済されていないということですね。それだけに明確なセクハラ禁止を法律で謳うことは切実な課題です。
角田 そうですね。その前提として何がセクハラなのかという定義を明確にして出発することが大事だと思います。
内藤 私はイギリスの労働法が専門なので、イギリス「平等法」(2010年)で言いますと、「人が性的な性質の望まれない行為を行い、その行為が相手の尊厳を侵害する、または相手に脅迫的な、敵対的な、品位を傷つける、屈辱的な、若しくは不快な環境を生じさせる、目的または効果を持つ場合」をセクハラとし、許されない行為であると書かれています。EU指令とほとんど同じです。日本の場合、〝相手の感覚で決まるのか?〟という反論が出そうですが、イギリス平等法では、本人の受け止め方を重視して判断すべき、と法に書いています。だから日本のような議論が起きる余地がない。セクハラの定義についてはこのように形容詞を重ねて丁寧に記述すべきだと思います。
裁判でさらに傷ついて
*小さな出版社で働く女性が上司の男性から「性的にみだら」などといった、根も葉もない噂を取引先に流され、退職に追い込まれた
吉良 ある意味、法廷での〝二次被害〟が組み込まれてしまっていると。

吉良 〝けんか両成敗〟のような仕組み自体がおかしい。
内藤 被害者は自分が受けた行為をセクハラだと認定して謝罪してほしい、そして二度と起こさないようにしてほしいと願っているのに、その願いとは程遠いのが現状です。
求められる被害者救済
吉良 昨年末、日本共産党国会議員団のハラスメント対策チームが、「職場におけるハラスメントをなくすための実効ある法整備を求める申し入れ」を厚生労働大臣に行いました。その時、私たちは、多くの被害者が泣き寝入りしている現状、メンタル疾患に苦しんでいる現状を伝え、ハラスメント禁止規定の必要性や採択される予定のILO条約の批准を目指した国内法の整備を求めました。しかし、厚労省は及び腰。被害者救済についても、現状は救済機関がないからできないという。ないならつくればいいだけなのに、それもしようとしないのは残念です。
〝性差別大国〟日本
吉良 1機100億円を超すステルス戦闘機F35を1機減らすだけでももっと予算を回せますものね。ILOの暴力とハラスメント禁止条約制定への動きを見ても、諸外国ではセクハラは性差別であると規定した上で、禁止するやり方が主流だと聞きました。日本でもセクハラは性差別であり犯罪だ、禁止すべきことだとちゃんと認識されるよう、法整備も必要ですし、社会的な議論も必要だと思います。
角田 社会的な関心が冷えていない今こそ初のセクハラ裁判以来の30年を見直し、どこに問題があったのか明らかにし、解決への道筋をたてることが重要ですね。その際、諸外国ではどんな法整備をしているのかということをもっとみんなに知らせていくべきだと思います。それを知れば、日本だけがいかに孤立しているか、特殊なところにいるかがわかるし、日本もこういうふうになりたいと思えるのでは。
内藤 諸外国と日本の一番の違いは、国としてセクハラが是正しないといけない大きな課題だという認識があるかどうかだと思います。当事者が民事裁判で勝手にやればいいという問題ではないはずなのに、残念ながら日本ではそうなっている。
動き出した若者たち

角田 ロースクールで「ジェンダーと法」という授業を持っていた時、両親が公務員で共働きなのに、家事は全部母親がやっている、なぜそうなるのか知りたくてこの授業に参加した、という男子学生がいましたよ。若い人たちの中に確実な変化が起きていますね。でも暮らしの中にある性的役割分業の意識はあまり変わっていません。憲法学者の辻村みよ子さんが『女性展望』(公益財団法人市川房枝記念会女性と政治センター発行)で、性別役割分業構造と意識の存在のことを「永久凍土」(笑)と表現されていました。
吉良 「永久凍土」は根深いです。3歳になる息子がこの前、ドレスを着たクマのぬいぐるみに「女の子はおすもうはダメだよ、弱いから」と言っていたのはショックでした。必死になって「この前は〇〇ちゃん(女の子)に負けたこともあるよね。女の子は弱くないよ」と言い返しました(笑)。自分の子どものジェンダーバイアスも取り除いていくことが大事ですね。
内藤 何かおかしい、これが普通? と思ったら口にしてみる。そうしたら周りの人も同じことを感じているかもしれないから。
角田 性別役割分業って日常生活にしっかりあるでしょう。ダイニングでも母親は誰に強制されなくても無意識に流しに近いところに座る。それはきっと、料理の給仕をするのは圧倒的に母親が多いからだと思うけど、そういうことも不思議に思わない。土台にある性差別の構造をなくさないとセクハラもなくならない。暮らしの中の性別役割分業を見直していくことは、実はすごく大事なことなんです。
吉良 自分の身の回りのできることから一つ一つ疑問を呈しながら差別をなくしていく。それが「永久凍土」を溶かすことにつながるし、その表面がようやく溶けかかっているいまがチャンスですよね。
内藤 立法が変わることで裁判官が変わる、判決が変わることで社会が変わっていくと思います。
──今日はありがとうございました。
つのだ ゆきこ:性暴力被害者の権利擁護運動に取り組む。89年、日本で初めてのセクハラ訴訟を担当し、その後もセクハラ訴訟を原告側として勝訴に導く。著書に『性と法律──変わったこと、変えたいこと』(岩波新書)ほか
きら よしこ:1982年生まれ。2013年参議院選挙で東京選挙区から初当選。2017年日本共産党国会議員団ハラスメント対策チームに参加。ブラック企業、ブラック校則、奨学金、ハラスメント問題などを国会で追及
ないとう しの:1972年生まれ。2006年早稲田大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得、同年、機構へ。専門は労働法。2010年英ケンブリッジ大学法学部およびClare Hall客員研究員。ハラスメントに関する著作多数