働く ルール求める欧州

会社消えても雇用守る
フランス


 二〇〇一年、フランスの労働運動で最も注目を集めたのが英国資本のデパート、マークス・アンド・スペンサー(MリカS)の解雇撤回闘争でした。フランスにある十八店舗の閉鎖、従業員千七百人全員解雇という抜き打ち発表(三月二十九日)に裁判で違法判決を勝ち取り、九カ月にわたるたたかいで十二月、閉店後全員の雇用を守る労使協定を結ぶ画期的な成果をあげました。
 「これまでの給与も年功も新しい職場で保障される。退職金などの条件闘争でなく、あくまで雇用を守るということで従業員自身がたたかった結果です」―MリカSでフランス労働総同盟(CGT)代表を務めるジャミラ・ゼンナディさん(36)の表情は明るい。

 

■給与額も


 大手デパート、ギャラリー・ラファイエットがMリカSを買い取り、各店舗は同社グループや提携企業が引き受けるというのが経営上の始末。MリカSはフランスから消えますが、閉店にあたって結ばれた労使協定で会社側は解雇者数より多い二千百人分の職場を用意することになりました。どこかに再就職することも、退職金をもらって辞めることも従業員が選択できます。これまで勤めてきた店舗で働き続けることも可能です。
 MリカSでの給与額は再就職先でも三年間はそのまま維持され、休暇その他の既得権も保障されます。大手電機販売店のフナクに買い取られる店もあります。服を売っていた人がパソコン売り場に、ということもあるでしょうが、協定では「再就職のための研修は従業員の希望に沿って行う」となっています。いったん再就職したものの、新しい職場が自分に合わないと考えが変われば、MリカSから退職金をもらって辞める権利も勝ち取りました。
 「この年でいまさら新しい仕事なんて」と退職金をもらって辞める高齢の従業員もいます。五十六歳以上の従業員で年金の受給資格がまだない人が退職を選んだ場合、受給資格ができるまでMリカSが保険料を払い続けます。どの従業員にも生活の権利を保障した労使協定です。
 「商業労働者の三分の二は最低賃金ぎりぎり。60%が臨時など不安定雇用。リストラの激しいこの業界でMリカSのたたかいは学校だった。新しい労使関係を作り上げる必要性を学んだ」―フランス労働総同盟(CGT)商業労連のジャクリーヌ・ガルシア書記長はたたかいを振り返ってこう指摘しました。

 

■労働法規


 昨年四月初め、パリ・オスマン通りにあるMリカS本店前で行われたデモには、リストラ攻撃にさらされている他企業の労働者を含め千人以上が集まりました。
 店では客からカンパが集まりました。幾つもの地方自治体から公費で従業員に募金が寄せられました。左翼市政のパリ市から五万フラン(約八十五万円)。ジュペ前首相が市長を務めるボルドー市からのカンパにはもらった方が驚きました。
 九六年、社会保障を削減する国家ぐるみのリストラ政策「ジュペ計画」を作った本人です。このときの大ストライキの翌年、総選挙でジュペ氏ら保守が負け、左翼連立政権ができました。ボルドーにもMリカSの支店があります。
 長年のたたかいでフランスの労働者が築き上げてきた労働法規が武器となりました。MリカSの労働者はこの制度を使って知恵と力を尽くしました。その制度とは―。

 

 

●抜き打ち解雇に中止命令

 フランスの労働法では経営上の都合による整理解雇には厳密な手続きが必要です。従業員代表と事前協議しない抜き打ち発表は違法です。全員解雇の抜き打ち発表を受けた英資本のデパート、マークス・アンド・スペンサー(MリカS)の従業員が加入する四つの労働組合は昨年四月三日、急速審理の裁判を起こしました。
 緊急に権利を保全するための仮処分申請のような訴訟です。四月九日、パリ大審裁判所(民事訴訟の第一審)が出した決定は明白でした。従業員への事前通告も協議もない解雇・閉店通告は「明らかな違法行為」。法を守って「情報提供と協議」を行うまで解雇・閉店の手続きを一切中止せよという「命令」です。

 

■企業委で


 裁判で「中止命令」を勝ち取ったものの、会社側は閉店そのものをやめたわけではありません。MリカSの労働者は世論に訴える一方、企業委員会での情報開示を経営者に求め続けました。
 企業委員会は労使の意思疎通や企業内の福利厚生活動のため、従業員五十人以上の企業、事業所で設置が義務づけられています。従業員を代表する委員は二年ごとに全従業員によって選挙されます。それに雇用者代表と労働組合代表を加えて構成されます。リストラの際には企業委員会での事前協議が法的義務です。
 欧州連合(EU)は昨年十二月、「情報提供・協議」指令を採択し全加盟国の五十人以上の企業で労使協議制度を法制化することを決めましたが、モデルの一つがフランスの制度です。
 このほかフランスの職場には別に、賃金や社会保障について要求する従業員代表(二年ごとに選挙)、企業別労働協約や労働条件について交渉する労組代表など従業員を代表する制度が幾重にもあり、経営者がこの仕組みを無視して勝手なことをすれば、MリカSのように裁判で違法判決を受けることになります。
 そしてもう一つ。従業員五十人以上の企業が経営上の理由で三十日間に十人以上を整理解雇する場合、解雇者数を抑え、再就職の世話など被解雇者の生活を保障する計画(社会計画)を経営者が企業委員会で提示し、協議しなければなりません。盛り込むべき内容も労働法で決まっています。

 

■当局が監視


 「企業内の配置転換、企業外への再就職。新事業の創出。転職のための研修。労働時間の短縮」など、解雇を避けるためにどんな努力をしたか、解雇される人たちのために何をするか、経営側が具体的に示し、最低二回、企業委員会を開いて労働者の意見を聞かなければなりません。労働監督官に社会計画の写しを提出することも義務づけられ、手続きが適法か当局が監視します。
 MリカSの場合、労働監督官が経営側に情報開示を指導したこともあって、十一月、MリカSとラファイエットはようやく社会計画を提示し、十二月に妥結しました。労働者が勝ち取った閉店後の雇用確保などさまざまな手当はこの労使合意と社会計画で決まっています。
 MリカS労使が協定に調印した三週後、国民議会で一年近く審議が続いていた解雇規制強化法が可決、成立し、社会計画の内容と企業委員会の役割がさらに強化されました。
 「われわれには人民戦線内閣(一九三六―七年)の時代から築き上げた従業員代表制度がある」―労働総同盟(CGT)のMリカS勝利祝賀会で組合員の一人が胸を張りました。(パリで山田俊英)

(「しんぶん赤旗」 2002年02月14日付け、15日付け )