特集 日本共産党 第24回大会

第24回党大会決議案の用語解説

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■第1章(2)

■歴史教科書問題

 「新しい歴史教科書をつくる会」は二〇〇一年、日本の戦争を美化する中学歴史教科書(扶桑社)を発行しました。同会は「現行の歴史教科書は旧敵国のプロパガンダ〈太平洋戦争は日本による侵略戦争〉をそのまま事実として記述」しているとし、「新しい教科書をつくり、歴史教育を抜本的に立て直す」(趣意書)ことを目的にしています。

 この教科書は太平洋戦争を「日本は米英に宣戦布告し、この戦争は『自存自衛』のための戦争であると宣言した」「日本の緒戦の勝利は、東南アジアやインドの人々に独立への夢と希望を育んだ」と記述しています。内外で問題となり、自民党などの支援にもかかわらず、採択率0・4%(二〇〇五年)にとどまりました。

■米国議会下院が第二次大戦終結六十周年にあたって採択した決議

 米連邦議会下院が今年七月十四日に出席議員全員で採択した決議。正式名称は「太平洋戦争終結六十周年を記念し、第二次世界大戦で太平洋および大西洋の戦場に参加した退役兵士をたたえる」合同決議です。

 第二次大戦の退役軍人の栄誉をたたえ、「世界をファシスト軍国主義という不幸から救ったもっとも偉大な世代の人々の記憶と感謝の日として祝う」ことをよびかけています。決議はさらに、「一九四六年から四八年の東京における極東国際軍事裁判での判決、また人道にたいする罪を犯した戦争犯罪人としての特定の個人への有罪判決を再確認する」ことをうたい、東京裁判の判決、日本の戦争犯罪人への有罪判決を米国議会として再確認しています。下院通過後、上院外交委員会に送られました。

■第1章(3)

■周辺事態法(ガイドライン法)

 「日米軍事協力の指針」(ガイドライン、一九九七年締結)にもとづき、一九九九年に制定された海外派兵法。「日本の平和と安全に重要な影響を与える事態」(周辺事態)を口実に、海外で軍事介入する米軍への兵たん支援を可能にしています。周辺事態は「地理的概念ではない」としました。

 支援の内容は、後方地域支援、後方地域捜索活動、船舶検査活動などに分けられ、自衛隊は補給・輸送・修理および整備・医療・通信・空港および港湾業務・基地業務などを実施。ただし、「武力による威嚇又は武力の行使に当たるものであってはならない」(二条2)としています。また、地方公共団体や民間機関(国以外の者)に協力を求めたり、依頼できるとし、国民動員の仕組みも盛りこみました。

■テロ特措法

 二〇〇一年の9・11同時テロに対する米国のアフガニスタンへの報復戦争を支援するためにつくられた海外派兵法。アフガン攻撃は「日本の平和と安全」と無縁のため周辺事態の拡大適用を断念。日米安保条約にも根拠を求めることができず、小泉首相は「日米同盟の重要性」を理由に押し切りました。

 支援内容は、物品提供をふくむ兵たん支援、捜索救助、被災民救援活動の三つ。同法にもとづいて、米艦船などに無償で給油するため、海上自衛隊の補給艦、護衛艦をインド洋に派兵。二〇〇二年にはイージス艦を派兵しました。また、航空自衛隊が米軍物資を空輸しています。二条2で「武力による威嚇」「武力の行使」を禁じています。今年十一月に再延長されました。

■イラク特措法

 二〇〇三年七月に成立。法律上は「人道復興支援」を名目にしていますが、米軍によるイラクへの侵略戦争とこれに続く軍事占領を支援するのが狙いです。

 実際、「安全確保支援活動」として、米軍を中心とする多国籍軍に対し、自衛隊が輸送や補給、医療などの軍事支援(後方支援)を定めています。

 同法に基づき政府は〇三年十二月、航空自衛隊をイラクへの空輸拠点であるクウェートに派兵。〇四年一月には、陸上自衛隊をイラク南部のサマワに派兵しました。

 イラク情勢の悪化の中でサマワの陸自宿営地は繰り返し砲撃を受け、「戦闘地域には派遣しない」とした政府の口実は破たん。イラクに軍隊を派兵した「有志連合」から離脱する国が相次いでいるにもかかわらず、政府は派兵継続に固執しています。

■日米安全保障協議委員会

 日米安保条約など安全保障分野での日米協力の強化について協議する機関です。構成員は日本側が外務大臣と防衛庁長官の二人、米側は国務長官と国防長官の二人です。このため「2プラス2」と呼ばれています。

 今年二月に発表した共同文書は、日米の「地域」と「世界」における「共通の戦略目標」を確認。この「戦略目標」を実現するために、日米が共同して軍事対処していくことを宣言しました。

 これを受けて十月には、「日米同盟 未来のための変革と再編」と題する共同文書を発表。米軍と自衛隊が一体になって地球規模で共同作戦を展開できる態勢づくりの方向を打ち出すとともに、その一環として沖縄をはじめ在日米軍基地の増強計画を明らかにしました。

■秘密保護法

 二〇〇五年十月の日米安全保障協議委員会(2プラス2)が発表した共同文書は、米軍と自衛隊との協力をいっそう強化するため、情報の共有を幅広く進めることを強調しました。その上で、日米で「共有された秘密情報を保護するために必要な追加的措置をとる」として、「秘密保護」のための新たな法律をつくるることを計画しています。

 すでに政府は〇一年に、防衛庁や自衛隊が持っている「秘密」を漏らした者に刑罰を科す自衛隊法改悪を強行しています。今度は、米軍の情報を守るためとして、さらに国民の知る権利を奪おうとしているのです。

■第1章(4)

 ■「新自由主義」

 新自由主義とは、社会保障など政府の機能の縮小と大幅な規制緩和、市場原理万能を特徴とする経済思想のことです。これは、一九八〇年代に登場したイギリスのサッチャー政権やアメリカのレーガン政権に影響を与えました。

 両政権は第二次大戦後の「福祉国家」路線が財政危機や経済低迷をもたらしたとして、新自由主義的施策を実行。日本でも、中曽根政権以来、種々の規制緩和、電話、鉄道、たばこ、郵政などの「民営化」、社会保障改悪が実施され、この流れは現在も続いています。

 一九九〇年のソ連の崩壊以降、アメリカ流のグローバリゼーションは、新自由主義の典型であり、貧富の格差や途上国の貧困をさらに悪化させるとして、EUや途上国から強い批判が出ています。

■貧困率

 貧困率の計算方法はいろいろありますが、OECD(経済開発協力機構)は、「等価可処分所得の中央値の半分の金額未満の所得しかない人口が全人口に占める比率」を「相対的貧困率」と定義して、国際比較を発表しています。

 日本の数字は厚生労働省が毎年行っている「国民生活基礎調査」のデータから計算しています。「可処分所得」とは、給与・事業所得・年金・各種社会保障手当などの年間所得から、所得税・住民税・社会保険料・固定資産税を差し引いたものです。

 「等価可処分所得」とは、世帯の人数による所得の違いを勘案するため、可処分所得を世帯の人数の平方根で割ったものです。「中央値」とは、全人口を等価可処分所得順に並べた時に中央に位置する人の等価可処分所得です(平均値とは異なり、一般的には平均値より低い値になります)。

 二〇〇〇年の家計所得をもとにした国民生活基礎調査(〇一年実施)のデータで計算すると、等価可処分所得の中央値は約二百七十四万円であり、この半分の額である約百三十七万円に満たない人の割合が貧困率となります。

 〇五年発行のOECDの社会指標に関する報告書によれば、二〇〇〇年のデータで、OECD二十五カ国の貧困率の平均値は10・2%となっています。日本の貧困率は15・3%で、メキシコ(20・3%)、アメリカ(17%)、トルコ(15・9%)、アイルランド(15・4%)に次いで五位となっています。イギリス(11・4%)、ドイツ(9・8%)、フランス(7%)、スウェーデン(5・3%)などと比べて、高い値となっています。

 日本は、九〇年代なかばには13・7%であり、この間に貧困率が上昇しています。最新の国民生活基礎調査のデータ(〇二年所得)で計算すると、日本の貧困率は約16・7%で、さらに上昇していることがわかります。

 なお、二〇〇〇年の日本の「貧困層」の上限となる実際の可処分所得は、単身世帯では百三十七万円、二人世帯では百九十四万円、三人世帯では二百三十八万円、四人世帯では二百七十四万円です。

 サラリーマン片働き世帯を仮定して、税・社会保険料込みの年収に換算すると、それぞれ、百五十八万円、二百十六万円、二百六十四万円、三百五万円となります(いずれも概算値)。

■「年次改革要望書」

 一九九三年の宮沢・クリントン首脳会談の合意で、日米包括経済協議の枠組みが作られて以来、アメリカ通商代表部は毎年、日本政府に対して各分野の規制緩和や制度の改変などを求める「年次改革要望書」を出してきました。

 その要望を受けて、緊急経済対策(九三年)や行政改革大綱(九四年)、規制緩和推進計画(九五年)などの計画があいついでつくられてきました。改革要望は、郵政の簡保問題をはじめ、広範な分野にわたります。

 九七年以来の日米規制緩和対話を引き継ぎ、小泉政権のもとでは、規制改革・競争政策をはじめ財務金融、投資及び貿易のおのおのの分野について「対話」の場が設けられ、実行状況が検討されてきました。

■人材派遣の自由化

 政府は、一九九九年に労働者派遣事業法を改悪し、それまで二十六業務に限定されていた派遣労働を原則自由化しました。労働者派遣事業法は、八五年に成立しましたが、「正社員への代替」が大規模に起きないように、派遣を認める業務を限定するなど、一定の歯止めがかけられていました。

 九九年の改悪は、対象業務を限定するという「ネガティブリスト」方式を投げ捨て、派遣労働を原則自由化し、逆に、派遣を禁止する業務を、製造業や建設、医療などの一部に限定するという方式に百八十度転換したのです。そして二〇〇四年には、製造業への派遣労働を解禁し、さらに建設労働を含むすべての産業での派遣の解禁をすすめようとしています。

■大店法の廃止

 大店法(大規模小売店舗法)は、一九七四年に施行され、大型店の新規出店・店舗の拡大にさいして、売り場面積、開店日、閉店時間、年間休日日数を、地域商業の実情を考慮しながら調整することを目的としたものです。

 八九年からの日米構造協議で、アメリカから“自由な小売り活動を規制している”と攻撃されました。「規制緩和」を口実にした「改正」では、自治体の独自の規制を法律で事実上、禁止するなど国による異常な“統制”がなされました。九七年にアメリカは大店法の廃止を要求。二〇〇〇年に廃止となり、かわりに「まちづくり三法」と呼ばれる大店立地法(大規模小売店舗立地法)、中心市街地活性化法、改正都市計画法が制定されましたが、大型店の無秩序な出店ラッシュを加速させました。

■「ワシントン・コンセンサス」

 一九八九年に米シンクタンクの国際経済研究所(IIE)のウィリアムソンが最初に用いたもの。ラテン・アメリカに必要な経済改革として、ワシントンを本拠とするアメリカ政府、IMF(国際通貨基金)、世界銀行などの間で成立した意見の一致(コンセンサス)を指します。

 内容は(1)財政赤字の是正(2)補助金カットなど財政支出の変更(3)税制改革(4)金利の自由化(5)競争力ある為替レート(6)貿易の自由化(7)直接投資の受入促進(8)国営企業の民営化(9)規制緩和(10)所有権法の確立―の十項目。IMFや世銀はこれにもとづく改革を融資の条件としました。いまではソ連崩壊後のアメリカの対外経済戦略や新自由主義の考えを示す言葉として用いられています。

■第2章(5)

■米国の一国覇権主義

 米国の国益を最優先させ、他国の主権のみならず、国連憲章や平和のルールを無視する覇権主義。ソ連崩壊で唯一の超大国として残ったことを受け、形づくられ体系化してきました。

 米国こそが世界の盟主であり、指導者であり、世界はそのことを受け入れるのが当たり前で、それが世界の秩序の基本となるという主張。強大な軍事力をもって、主権国家の侵略を当然視し、世界支配をめざしています。

 ブッシュ政権のもと、イラク侵攻のように、国連や各国際条約などを無視・軽視する単独行動主義(ユニラテラリズム)があらわになり、同時に、自らの判断で他の国家、組織を先制的に攻撃できるという先制攻撃戦略が示されました。

■第3章(9)

■「五〇年問題」

 一九五〇年、スターリンが、中国共産党と組んで、中国式の武装闘争路線を日本共産党に押しつけようとして干渉し、党が分裂した問題です。

 干渉のなかで、当時の党書記長だった徳田球一と野坂参三らが分派を形成し、反対する幹部を排除して共産党を分裂させました。分裂した側である徳田・野坂派が、干渉作戦に完全に組み込まれて武装闘争の方針を日本に持ち込んだ結果、党は国民の支持を失う大きな痛手をこうむりました。

 五五年に一定の団結を回復したあと、日本共産党は「五〇年問題」の自主的な総括をすすめ、第七回党大会で、武力闘争路線の誤りを明確にするとともに、いかなる外国勢力の干渉も許さない「自主独立」の立場を確立しました。

■第3章(10)

■SACO(沖縄に関する特別行動委員会)合意

 日米両政府が一九九五年に沖縄の米軍基地について検討するために沖縄に関する特別行動委員会(SACO)を設置。翌九六年、米海兵隊普天間基地など沖縄にある十一の米軍基地について、県内への代替新基地建設などを条件に「返還」を取り決めた合意です。

 九七年の名護市民投票では、「新基地建設ノー」が過半数に。九九年にはSACO合意の実現・推進を表明する稲嶺恵一県知事が「十五年の使用期限」などの条件をつけつつ、名護市辺野古沖を新基地建設の候補地として最終決定。政府も同年、閣議で新基地建設を決めましたが、その後、住民の粘り強いたたかいでとん挫を余儀なくされました。今回2プラス2(日米安全保障協議委員会)で合意した在日米軍基地の再編では、辺野古沿岸への新基地建設をもりこみ、県民ぐるみの反対運動がおきています。

■第3章(11)

■「三位一体の改革」

 (1)国庫補助負担金の廃止・縮減(2)地方への税源移譲(3)地方交付税の「見直し」の三つの「改革」を「一体的に」おこなうものです。税源移譲とひきかえに、国庫補助負担金と地方交付税の制度を改悪して、国から地方への支出を全体として大幅に減らすねらいがあります。

 国庫補助負担金や地方交付税には、一九九〇年代に国が景気対策として公共事業を地方に誘導する仕組みを持ち込んだことなど改善すべき点があるのは事実です。しかし、制度そのものは、本来多くが福祉や教育、生活基盤の整備など国民・住民の権利とくらしを支える地方自治体の必要な財源を保障するものです。

 たとえば、生活保護費は、憲法二五条の国民の生存権を保障するものであり、費用の四分の三を国が負担しています。残りの四分の一を県または市が負担していますが、税収の少ない県・市が財源不足にならないように、地方交付税でカバーする仕組みです。問題点を口実に制度そのものを改悪する「改革」です。

■道州制

 現在の都道府県制度を廃止して、それにかわる広域組織として全国で十程度の「道」や「州」を設けるというものです。いま首相の諮問機関のひとつである地方制度調査会で導入に関する検討が進められています。

 ことし十二月に中間報告を、〇六年二月に最終答申をまとめる予定です。地域住民から遠ざかる新たな道州が、地方自治体としての役割を担えるのかという問題とともに、政府・財界が道州制導入をテコに市町村の大再編をたくらんでいるという問題があります。

 二〇〇三年一月に日本経団連が発表した「奥田ビジョン」では、「州制の導入」として「州政府」は全国五〜十、自治体は三百程度をめざすとしています。ことし小泉内閣がまとめた将来構想「日本二一世紀ビジョン」では「道州制を実現する」「基礎自治体は人口三十万人規模の地域を前提とする」と明記しています。

 国と地方のあり方を抜本的に変え、財界の経済活動の自由を広げるとともに、府県の廃止と市町村の大再編で国の地方支出を大幅に削減するねらいがあります。

■「四つの原点」にもとづく活動

 「四つの原点」とは、選挙戦の法則的な活動を示したものです。

 (1)国民の切実な要求にもとづき、日常不断に国民のなかで活動し、その利益を守るとともに、党の影響力を拡大する。

 (2)大量政治宣伝と対話・支持拡大を日常的におこない、日本共産党の政策とともに、歴史や路線をふくむ党の全体像を語り、反共攻撃にはかならず反撃する。

 (3)「しんぶん赤旗」の役割と魅力をおおいに語り、機関紙誌の読者拡大をすすめ、読者との結びつきをつよめ、党を支持する人びとを広く党に迎え入れる。

 (4)さまざまな運動組織・団体のなかでの活動をつよめ、協力・共同関係を発展させる。日本共産党後援会を拡大・強化する。

 この「四つの原点」を活動計画に具体化し、系統的にとりくむことが、選挙勝利のために大事です。

■非拘束名簿式

 比例代表選挙には、「拘束名簿式」と「非拘束名簿式」の二つの方式があります。

 現在の衆議院選挙では、政党がブロックごとに比例候補者に順位を付けた候補者名簿を提出し、政党名投票で政党が獲得した議席数まで、名簿順位にもとづいて当選します。これを「拘束名簿式」といいます。

 一方、参議院選挙では、政党が提出する比例候補者名簿には順位をつけません。有権者は政党名でも候補者名でも投票でき、その政党の党名投票と候補者名投票の合計が、政党の獲得票となります。この票数によって、政党の獲得議席が決まりますが、当選者は、候補者名投票の多い順に決まります。これを「非拘束名簿式」といいます。

■第4章(13)

■労資協調主義

 資本主義社会のもとでは、財界など資本をもつ人々が労働者を搾取して利潤を得ています。両者の利害は根本的に対立しています。この事実を認めず、労働者が自らすすんで労働強化など生産性の向上にはげみ、企業の利潤拡大に協力すれば、賃金も上がり、雇用も守れると説いて、労働組合のたたかいを“自粛”し、労働者の自覚をおさえる誤った考え方です。

 民間大企業は、賃下げ・首切りのリストラ攻撃とたたかわない労資協調主義のもとで過去最高益をおう歌しています。官公労でも、郵政のように、当局と協調して運動をすすめてきても雇用・労働条件が危うくされています。リストラと「構造改革」によって、労資協調主義は実践的にも事実としても破たんしています。

■自治体労働者論、民主的公務員労働者論

 政府・自民党は、七〇年代には地方財政危機の原因を人件費に求めて地方公務員を攻撃し、八〇年代には臨調(臨時行政調査会)路線の「行政改革」によって国家公務員を攻撃してきました。

 これにたいし日本共産党が、行政と公務員労働者の本来のあるべき姿を明らかにして、うちだしたのが自治体労働者論です。

 憲法第一五条は、戦前の官僚政治の反省にたって、「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」と規定しています。また、科学的社会主義の行政論の基本は、公務員の地位、権限の私物化や特権化、政財官癒着に反対し、国民奉仕の公正で民主的な、できるだけムダのない効率的な行政(本当の意味での「安上がりの政府」)を実現するというものです。

 公務員労働者の圧倒的多数は、自治体・政府に雇われて働く労働者であるとともに、国民・住民全体に奉仕する仕事の担い手です。したがって、人件費を含む行政費用は、国民負担の点からいっても、なるべく少ないのがよいのは当然です。同時に、賃金・労働時間などの労働条件は、公務員の生活を守り、「全体の奉仕者」として公正で民主的で効率的な行政の実現のために積極的に働くことを保障するものでなければなりません。そのためにも、労働基本権、政治的市民的自由の回復は当然です。

 いま、少なくない公務員労働組合が、この立場から国民・住民との共同をすすめ、行政の担い手として仕事の実態を明らかにしながら、国民・住民の切実な要求を実現するたたかいと、自らの生活と権利、雇用を守るたたかいを統一的に追求しています。

■第4章(14)

■「教員評価」

 文部科学省は、教育行政が個々の教員を評価し、それを処遇に反映させる「教員評価」制度を全国につくらせようとしています。しかし、こうした「評価」は客観性や公正さの保障がなく、教員は子どもや保護者より管理職や行政の「評価」に目が奪われ、教育がゆがむ危険があります。

 教職員との協議すら拒否して二〇〇〇年に制度を強行した東京都では、教員の83・5%が「教員の力量向上に役立っていない」とこたえています。

 〇三年にはILO(国際労働機関)が政府主導の「教員評価」を「教員の地位に関する勧告」に抵触すると認定しました。教員評価は、子ども、保護者、同僚、専門家などの関与のもとで、教員が納得し、教育活動を励ますものであるべきです。

■価格支持政策

 農産物の生産者価格を一定の水準から下がらないようにする政策です。政府が保障価格を決めたり、基準価格を定めて市場価格との差額を補てんするなど品目によって仕組みはさまざまです。

 農業生産は気象や需給条件による価格変動が避けられません。生産が無数の農家で担われる一方、販売先や生産資材の購入先は少数の大企業という場合が多く、農家の販売価格が生産費を大幅に下回る場合が少なくありません。そうした不利を補い、農家に生産コストを保障する政策は農業生産を維持する上で欠かせず、世界の多くの国でも実施しています。

 生産量が増えれば農家手取りも増える政策で、生産意欲を引き出すうえでも重要です。食料自給率の回復が切実な日本では、この政策の廃止ではなく、充実することこそ求められます。

■WTO農業協定

 世界の農産物貿易に関するルールを定めた協定のことです。貿易拡大を掲げるWTO(世界貿易機関)協定の一部を構成し、農産物の輸入自由化や関税撤廃とともに貿易拡大の妨げとなる農業保護政策の削減を各国に一律に迫る内容になっています。

 九五年の発足以来、わが国では、協定にそった農政「改革」が次々に実施され、米を含めた農産物輸入の激増、価格の暴落が広がり、農業の崩壊が急速にすすみました。世界をみても、利益を得たのはアメリカなど輸出大国と多国籍企業のみで途上国や輸入国の農業は深刻な打撃をうけました。

 二一世紀の世界の持続的発展を展望したとき、各国の条件に応じた農業生産の多様な発展は不可欠です。そのためには、自然的社会的条件に制約される農業に、工業と同じ自由貿易のルールを当てはめようとするWTO農業協定の見直しは避けて通れません。

■貸し渋り・貸しはがし

 国内銀行の中小企業向け貸し出しは、小泉内閣発足前(二〇〇一年三月)には二百三十三兆円ありましたが、今年の夏には百七十兆円と六十三兆円も減っています。すさまじい貸し渋り・貸しはがしの結果です。

 貸し渋りは、銀行側が新規融資に応じないことですが、貸しはがしはもっと手がこんでいます。通常、銀行融資は短期ですが、これまでは融資先の経営に問題がなければ、ほぼ自動的に継続融資が認められていました。ところが、小泉内閣になってから、銀行はこの継続融資を認めなくなりました。

 どうしても融資を継続してほしいというと、高い金利や追加の担保を要求したりします。中小企業はとても応じられず、経営の“血液”=金融の道を断たれ、倒産・廃業に追い込まれることになるのです。

■第5章(16)

■大政翼賛会

 第二次世界大戦中の一九四〇年十月から一九四五年六月まで設置された、戦争遂行のための国民動員組織。「大政」とは天皇がおこなう政治、「翼賛」は補佐するという意味です。

 当時非合法とされていた日本共産党を除くすべての政党が、みずから党を解散してこの大政翼賛会に合流しました。そのため、当時の帝国議会内には政党が存在しなくなり、政府が思うままの「翼賛政治」となりました。

 また、労働組合を解散させてつくられた産業報国会や、なかば強制的に統合してつくられた大日本婦人会、町内会、隣組などが大政翼賛会の指導のもとにおかれました。このような「翼賛体制」のもとで、国民の自由は奪われ、生活を犠牲にして侵略戦争に協力するよう強制されました。

■雇い止め

 パートや派遣のように、契約期間に定めがある場合に、期間満了を理由として労働者をやめさせることを、「雇い止め」あるいは「更新拒否」といいます。

 雇い止めは、労働契約の一方的解約としての解雇と区別されており、解雇規制を免れるために、こうした有期契約が利用されてきました。そのため、判例は、雇い止めについて労働者保護をはかるようになっています。

 契約期間に定めがあっても、更新を続けた場合、その契約が「期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態」(東芝柳町工場事件・最高裁一九七四年)にあるか、あるいは当事者が「雇用継続を期待できる状況」(日立メディコ事件・最高裁一九八六年)にあるときは、雇い止めは解雇と同じようにあつかわれます。

 また、雇い止めを回避するために相当の努力を求める判例もあります(三洋電機事件・大阪地裁一九九一年)。

■「円山青年一揆」

 今年六月十二日に開かれた、京都の青年による雇用確保、労働条件の改善をもとめる集会のことです。

 日本民主青年同盟や労働組合青年部などによる実行委員会が主催し、「働き方・就職難、もうだまってられへん!」を合言葉にとりくみがひろげられ、九百九十二人が集まりました。

 集会では、労組・日本プロ野球選手会の松原徹事務局長が講演。昨年のプロ野球のストライキ闘争を生々しく紹介し、「決してあきらめてはいけない」と呼びかけ、共感がひろがりました。青年集会らしくバンドの演奏やリレートークもおこなわれ、集会後、ムシロ旗をかかげたパレードで京都の街をねり歩きました。

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