2006年12月30日(土)「しんぶん赤旗」
社会リポート
また起こった 海自潜水艦衝突
無通告訓練・安全確認の不徹底
看板倒れの再発防止策
宮崎沖で十一月二十一日に発生した海上自衛隊の練習潜水艦「あさしお」(艦長・隈元均夫二等海佐)によるパナマ船籍のケミカルタンカー「スプリングオースター」(四、一六〇トン)との衝突事故。そこからは、安全軽視と訓練優先という軍事組織特有の問題が浮かび上がってきました。(山本眞直)
「衝突事故は、あさしおの潜航があと数秒遅れていたら、大惨事になっていた。タンカーに大穴があき、積んでいた化学物質がなんらかの原因で爆発でもすれば多数の犠牲者が出た可能性がある」。こう警告するのは海難審判関係者です。事故直後に海上自衛隊の吉川栄治幕僚長も「一歩間違えば大惨事になっていた」と発言しています。
「艦長のミス」
衝突は、宮崎沖の海域で潜航と浮上をくりかえす訓練中に起きました。
潜水艦の潜航・浮上をくりかえす訓練は一般船舶も航行する公海で実施されます。しかし魚雷の発射演習などを除いて国土交通省への事前の訓練海域の「通報義務の根拠がない」(防衛庁)として無通告です。
事故原因について、海自は「中間報告」で、「艦長の判断ミス」と断定しました。
浮上に向けて操作中にあさしおのソナー(音響探知)要員が海上を航行する船舶のスクリュー音を二度キャッチ。しかし報告を受けた艦長は「遠ざかる船舶のもの」「近距離にあるが衝突の恐れはない」と誤認。その後、「近距離での船舶を探知」し、緊急回避処置で再度の潜航にはいりましたが「間に合わず、あさしおの舵(かじ)とタンカーの船底が接触」(中間報告)しました。
隊司令も乗艦
中間報告は、「艦長・哨戒長などの艦を操艦する者に対し、水中電話機による目標を探知した際には、露頂(潜望鏡を水面に出す)作業を中止し、安全を再度確認することを徹底する」などの再発防止策をかかげました。
安全確認の徹底。これこそ一九八八年七月に神奈川県横須賀港沖で航行中の海自潜水艦「なだしお」が法で定められた回避義務を怠り、大型釣り船「第一富士丸」に衝突、釣り客三十人が犠牲になった事故で海自が強調したはずのものです。
海難審判関係者が言います。「海自はなだしお事件で、民間船との事故を起こさないよう教育をする、と約束した。しかし今回の事故をみると、安全確認はおそまつの一言につきる」
しかも、あさしおは練習潜水隊の所属でした。海自に詳しい関係者が声をひそめて言います。
「練習隊員の教育機関だけに、乗組員はいずれも他の潜水隊よりも技量の高い教官クラスの集団だ。しかもあさしおには練習潜水隊司令の坪常昭一佐が乗艦していた。それだけに海自中枢は深刻に受けとめている」
再練成の最中
本紙の調べで、あさしおは、数年に一度の修理後に義務付けられている乗組員の操作技術や連携プレーなどの練度を回復させる「再練成訓練の最中だった」ことも分かりました。
あさしおは今年二月から九月にかけて兵庫県の川崎重工神戸造船所で点検・修理を実施。乗組員は七カ月のブランクを埋めるために海自呉潜水隊基地を出港、宮崎沖で「練度を回復させる基礎的訓練」(防衛庁報道室)を実施したのです。坪司令は再練成訓練を指導していました。
さらに、今回の事故ではこんな問題点も。艦長が船舶の接近情報を誤認していたとき、これを補佐すべき哨戒長(二尉)がなんの進言もしていなかったというのです。
「中間報告」は、こうした点を指摘して「連携ミス」を強調しました。
ベテランの海難審判員が異論をはさみます。
「連携ミスは対等な横の関係でのこと。ソナー要員は事実を報告するだけ。哨戒長は艦長よりもはるか下の階級だ。上官の判断をしかも司令というさらに上級幹部の前で是正を求めることなどできるはずがない」
海難審判関係者でつくる「日本海事補佐人会」の役員が警告します。
「人命軽視、軍事優先が改まらなければ、大量の犠牲者をだした第二、第三のなだしお事故がくりかえされる恐れがある」
潜水艦と民間船との主な衝突事故
1981年4月9日 鹿児島県甑島沖で、浮上してきた米海軍原子力潜水艦「ジョージ・ワシントン」が愛媛県の貨物船「日昇丸」の船底に「セイル(艦橋)」をぶつけて沈没させる。2人が死亡。ジ号は救命具につかまって漂流する乗組員を潜望鏡でみながら、救助せず「当て逃げ」した。
88年7月23日 神奈川県横須賀港沖で、浮上して航行中の海上自衛隊の潜水艦「なだしお」と大型釣り船「第一富士丸」が衝突。釣り客ら30人が死亡。「なだしお」とかけつけた自衛艦は釣り客を救助しなかった。
2001年2月9日 ハワイ・オアフ島沖で愛媛県宇和島水産高校の練習船「えひめ丸」が、緊急浮上した米海軍の原子力潜水艦「グリーンビル」に衝突され沈没。高校生ら9人が死亡・行方不明に。