2006年10月30日(月)「しんぶん赤旗」

列島だより

世界遺産の危機 立ちあがる市民


 世界遺産は人類共同の宝物です。文化遺産である「広島の原爆ドーム」「古都奈良の文化財」はいま、高層マンション建設や大規模な道路建設計画で存続が危ぶまれています。市民グループが「貴重な遺産を守れ」と立ちあがっています。


広島の原爆ドーム

高層マンションが圧迫

国際団体も警鐘 来月末にシンポ

被爆者ら反対

 広島市中区の世界遺産原爆ドーム(高さ二十五メートル)の南東約百メートルのバッファゾーン(緩衝地帯)内に、十四階建てマンション(同四十四メートル)が被爆者らの強い反対の運動にもかかわらず、十一月にも完成します。先進国の遺産保護をめぐる都市開発行政や企業の社会的責任を、新たなテーマとして世界中に投げ掛けました。

 イコモス(国際記念物遺跡会議)国内委員会(委員長・前野まさる東京芸大名誉教授)などは十一月末、広島市で「世界遺産とバッファゾーン」をテーマにシンポジウムを開く予定です。

 被爆者や市民が建築に気付いたのは昨年十二月。二つの広島県原爆被害者団体協議会(坪井直、金子一士の両理事長)など約六十団体でつくる「世界遺産『原爆ドーム』の景観を守る会」は「ドームを見下ろすマンション建設に憤りを感じる」と、市や建築業者への要請や宣伝を広げてきました。

遅れた市の対応

 市の美観形成要綱に高さ制限がないことから規制ができず、秋葉忠利市長は「なるべく早く高さ制限を含む条例化を検討したい」と三月議会で答弁。しかし、その後の対応の遅れから、マンション北隣の四階建てビルが八階建てマンションに建て替えられようとしており、新たな問題の浮上に被爆者らは「手だてを先送りして傷口を大きくしている」と憤ります。

 運動の広がりの中で秋葉忠利市長は三月三十一日、建築業者に計画の再考を求める要請文を送付し、広島ユネスコ協会(会長・北川健次広大名誉教授)は四月十八日、市と建築主へ高さを下げるよう要請しました。イコモスは五月十六日、市長と市議会議長へ「危機遺産の懸念」を表明しました。

世界大会決議に

 市の対応の遅れを憂慮して坪井、金子両理事長が「もっとも悲しんでいるのは、原爆で命を奪われた人々ではないでしょうか」と六月十四日に発表した「世界遺産にかかわるすべての人々への訴え」に応えて、ユネスコ世界遺産センター東アジア太平洋局のボッカルディ局長は七月以降、二度にわたって日本政府の説明を求めました。

 「訴え」は、新藤兼人氏や吉永小百合氏など国内の著名人六十一人、県内の平和運動にかかわる百七十一人が賛同しました。八月の二〇〇六年原水爆禁止世界大会でも注目され、「世界遺産原爆ドームを守り」と書き加えられた「広島からのよびかけ」が決議されました。(広島県・突田守生)

古都奈良の文化財

平城宮跡に地下高速道

世界遺産委 政府にルート変更求める

写真

(写真)平城京域の真ん中を縦断する大和北道路計画(国交省資料から)

 世界遺産「古都奈良の文化財」に登録されている東大寺など八資産のうちの一つ「平城宮跡」地区のバッファゾーンを地下トンネルで縦断する京奈和自動車道・大和北道路と、同宮跡に仮設パビリオンを建てメーン会場とする平城遷都千三百年記念事業(二〇一〇年)―国、県などが進める二つの計画に市民や研究者などから危ぐの声が高まっています。現在、同道路の環境アセス準備書が公告縦覧されており、来年度中にも計画決定しようとしています。

木簡など消失も

 平城京跡(奈良市)からは、古代社会の実相を知る史料となる十八万点にのぼる木簡が発掘されています。トンネル建設による地下水位の変動で、木簡などの遺物が消失の危機にさらされます。

 日本共産党の石井郁子衆院議員は二十日の衆院文部科学委員会で、千三百年間変わらなかった地下水位を下げてしまうのに、木簡が安全だと断定するのは問題だと政府を追及しました。

海外へも要請団

 今年七月にリトアニアで開かれた第三十回世界遺産委員会では高速道路から世界遺産・平城京を守る会や共産党の山村幸穂県議が要請団として参加しました。同委員会は決議の前文で、「世界遺産の顕著な普遍的価値がいかなる危機にも瀕(ひん)しないことを世界遺産委員会に保証することを求める」とのべ、道路ルートの代替案の検討などを日本政府に求める厳しい内容の決議を採択しました。

 決議について守る会の小井修一事務局長は「道路計画が地下埋蔵物や景観などに与える影響ありと判断したもの」と話しています。

 また、遷都事業では、平城宮跡を使用する際に必要なユネスコへの申請、文化庁の許可も得ないまま、公費で大々的に宣伝しています。

財界の“号令”で

 もともと京奈和自動車道(高速道路)は財界の提言を受け一九八七年、国が四全総で決めた関西大環状道路の一部です。大和北道路の整備には三千百億円、遷都事業は三百五十億円(うち公的資金は百四十五億円)を見込んでいます。

 関西経済連合会(秋山喜久会長)は「関西独自の資源である伝統文化、知的集積を生かして、競争力強化を図っていきたい」(〇六年年頭会見)と意気込んでいます。秋山氏自身、遷都事業協会の会長です。

 結局、これら二事業の本質は、高速道路網の整備や人類の宝である世界遺産を使って競争力を強めるという関西財界の利益追求に国、県が歩調を合わせたものです。(奈良県・鎌野祥二)


世界遺産

 国連の専門機関ユネスコの世界遺産条約にもとづいて、世界遺産リストに登録された自然や文化のこと。世界で830件=文化遺産644、自然遺産162、複合遺産24。日本では文化遺産13件が登録されています。(2006年7月現在)

 文化遺産は原爆ドーム、奈良の平城宮跡など優れた普遍的価値をもつ建築物、遺跡など。自然遺産は知床(北海道)など優れた価値をもつ地形や生物、景観などがある地域。複合遺産は文化と自然の両方を兼ね備えているものです。登録された遺産は保護、保存、整備などを行う責任が国や関係機関にあります。戦争、自然災害、大規模工事、都市開発などで世界遺産の普遍的価値が重大な危機にさらされると「危機遺産リスト」に登録されます。


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