2006年8月25日(金)「しんぶん赤旗」
シリーズ 職場
成果主義を追って
記者が語る実態 (上)
過酷な労働 健康もむしばむ
本紙は五月以来「シリーズ職場 成果主義を追って」というタイトルで成果主義賃金の職場への影響を取材してきました。このなかで賃下げ、過酷な長時間労働、健康破壊の急増、公共性をゆがめる公務職場での害悪など、深刻な実態、問題点を明らかにするとともに、これを打開する労働者、労働組合のたたかいをとりあげました。取材に当たった記者が実感を語り合いました。
やる気 引き出せず
――まず取材の感想を一言ずつ。
中村隆典 一言でいえば、成果主義は事実上崩壊しているということです。最初に導入したといわれる富士通でも労働者は「笛吹けど踊らず」です。経営者が望んでいた「やる気を起こさせる」というのが全くできていない、むしろ失われていると言っていいと思います。
畠山かほる 状態悪化が思いのほかすすんでいるというのが実感です。取材した日立製作所では、成果主義と裁量労働制(注1)によって労働強化が極限まですすみ、健康破壊が深刻でした。労働者は競争より、自分を守ることを考えざるをえないところに追い詰められるなかで、意識の変化が起こっていると感じました。
桜江靖雄 自治体と学校、病院を取材しましたが、公共の分野に成果主義は合わない。成果を競わせることでサービスを向上させるという考えは、助け合ってサービスを提供する業務にそぐわないし、仕事の本来の意味を失わせるものだと労働者は危ぐしています。大きな矛盾に直面していると感じました。
山田俊英 成果主義で労働者のモチベーション(意欲)が下がっていることは間違いないですね。それなのになぜ経営者が導入に力をいれるのか、取材して疑問に思いました。成果主義で労働者の求心力を高めようとしている経営者の意図は裏目に出ていますよね。
安川崇 企業が成果主義を導入するとき、制度の構築を外部のコンサルタント業者に依頼するケースが多いんです。コンサル業者のあいだでも、ゼロベースの成果主義一本では従業員のやる気を引き出せないという認識は共通しています。賃金を目の前にぶら下げれば走る、というほど人間は単純ではないということです。
「失敗」は明確だが
――経営者の意図はどこにありますか。
中村 富士通を取材したとき、私もこれだけ労働者の士気が低下しているのに、なぜ成果主義を手放せないのかと聞きました。要するに総額人件費の抑制なんです。会社にとってそのうまみは何物にも替えがたい。
富士通は、バブル崩壊後の二〇〇一年、二年と連続一千億円以上の赤字を出した。そこで総額人件費の削減にでる。手っ取り早くやれるのがリストラ解雇と賃金抑制です。若い人は三十五歳くらいまではある程度厚遇されるけど、それ以降は上がらない。中高年は完全に抑え込む。個人の業績によって賃金を決めるという宣伝で全体の賃金を抑え込んでいるのです。
畠山 経営側の意図にはホワイトカラーの生産性をどう高めるかがありますね。ブルーカラーの効率化はかなりすすめたが、ホワイトカラーはまだまだだと。ここから労働時間を基準にしない論理がでてきたわけです。それが労働法制の改悪で裁量労働制が制定され、賃金は時間でなく成果で測るという成果主義がでてきました。
いまグローバル競争のもとでIT化がすすみ、開発した製品があっという間に陳腐化してしまいます。開発期間を短くし速度を上げ、コストを削減しないと競争に勝てない、と。問題は、企業の収益を高めるために、成果主義を使って労働強化と総額人件費削減の手段にしていることです。
安川 企業は、右肩上がりに賃金が上がっていく年功型賃金を変えたいんだと思います。しかし、導入ずみの企業もコンサル業者も、制度の部分的な手直しをせざるを得なくなっています。年功賃金との折衷型とか、結果までの努力も評価対象とする「プロセス評価」を盛り込むとか。もちろん総額人件費を抑えるシステムという本質は変わりようがありません。
「失敗」が広く知られたにもかかわらず、中小企業を中心に今も成果主義導入の動きは続いています。経営の苦しさの反映もあるでしょう。欠点を糊塗(こと)しながらも、実態としては定着しつつあるというのが実感です。
公務の職場導入で不安
――公務の職場は民間とは違った特徴がありますね。
桜江 学校や自治体などの職場は、民間に比べると導入はこれからです。大阪の学校の場合、現場のたたかいもあってまだ賃金に連動させていません。当局は早期導入の姿勢を強めていて緊迫しています。
教師は授業を一人でやっているようにみえますが、いろいろな教育実践を教師集団で協力してすすめています。それに対してAだ、Bだ、Cだと評価し差別していく。教師は、子どもの成長を何よりの喜びとして仕事をしている誇りがあります。それをお金で仕事するように変えられるのが非常につらいという話を聞きました。お金で差をつけられれば、自分も上にどう見られるかを気にして教育をするようになるんじゃないかとか、上司によく見えるとこだけがんばろうとか、そういう教師が増えるんじゃないかという不安がありました。
安川 東京都教育委員会は、「業績評価」を公立学校の一般教員の賃金に反映させています。
教育現場での成果主義は、人件費削減だけが目的ではないと思います。都教委はむしろ「都教委の言うことを聞く教師づくり」をすすめるための強力な道具の一つとしています。全国の公立学校で、評価を処遇に反映させようという動きが強まっています。教育基本法改悪の動きとあわせて、警戒する必要があります。
深刻なメンタルヘルス
――取材を通じて感じた問題点は?
山田 成果主義は賃下げが顕著ですが、それだけじゃない。成果が低いと評価された人はどんどん切って行く。会社に残すのは、長時間労働の若年労働者と、幹部社員ですね。そのほかはいらないと。事務とか秘書とかいう部門は派遣にしていく。そういうリストラのテコとして使われていると思いました。
日本IBMで見かける労働者は非常に若い。五十歳過ぎると、どこかへやられるか退職させられる人が多いのです。社長がいっていますけど、ITの技術はどんどん変わっていくから、その技術を習熟している若い人を入れるんだ。そうしないと組織が活性化しないと。そこには会社が雇っている人間に対して責任をもつという発想はない。
取材でいろいろな人に会いましたが、みんな自分の仕事を生きいきと語るんです。こういう人を切ろうとしているんだと怒りを覚えましたね。優れた技術者を切り捨てるから最近の自動車のリコールやパロマの問題がおこるんですよ。
中村 成果主義が導入されているところはだいたい労働時間の規制がない裁量労働制が導入されています。長時間・サービス残業がはびこっているところは、ほとんどそうですね。
長時間労働で健康を害しているケースとして、NECでうつ病になった人を取材しました。NECは、半年以上の長期休業者が七十二人と公表されていますが、おそらく大半が精神疾患です。
記事にしましたけど、富士通の川崎工場では屋上を閉鎖したんです。飛び降り自殺しないようにと。NECでも本社ビルで以前、飛び降り自殺があったようです。それを契機に深夜零時以降の勤務は原則として禁止です。しかし実際は、多くの労働者は働いていて、組織ぐるみで規則を破っているのが実態です。
成果主義と裁量労働制による長時間労働のもとで、いたるところで精神疾患や過労死が広がっています。一番深刻な問題だと私は思います。
畠山 日立でも、メンタルヘルス問題が深刻化していて、産業医が“日立病”と名づけるまでに至っていました。連載で、旧労働省が発案したストレス図を紹介しましたが、精神疾患には、労働時間や仕事量とともに、裁量のあるなしが大きな意味をもっています。
技術者の多くは、チームリーダーの監督・指示のもとで日程表にしばられて働いています。個人の裁量で仕事をする条件も環境もないのです。つまり違法の疑いがあります。企業は、残業代という歯止めがなくなりますから仕事量をどんどん増やす。労働者は残業代ももらえず、膨大な仕事を消化するだけで働きがいもなく報われない状況におかれています。これでは精神疾患が増大するのも当然だと思います。
いま政府の審議会でホワイトカラーエグゼンプション(注2)の導入が検討されていますが、私はその前に、現に導入されている裁量労働制が適法かどうかの検証をすべきだと思います。(つづく)
注1
裁量労働制
実際に働いた時間に関係なく、あらかじめ労使がきめた時間を働いたとみなす制度。労働基準法が定める労働時間規制の例外なので、仕事の進め方や時間配分などを自分できめる裁量があることなど、導入には厳密な要件があります。深夜・休日労働は残業代の支払い対象です。
注2
ホワイトカラーエグゼンプション
一定の事務・技術労働者を対象に、労働時間に関する法規制から除外する制度。アメリカで導入され、日本でも財界が強く要求しています。厚生労働省が「自律的労働時間制度」と称して導入の議論を進めています。労使協議で導入できるとし、行政(監督署)は基本的に介入しない方向です。