2006年5月5日(金)「しんぶん赤旗」
社宅追い出し 配転 監視…組合攻撃に負けず
測量士“五人衆”解雇撤回求める
「劣悪な勤務をよくしたい」と労働組合を結成したら、「おれの目の黒いうちは認めない」とばかりに二十三年も組合攻撃を繰り返している東北測量(本社青森市)。指名解雇された組合役員五人衆を中心に、解雇無効・職場復帰を求め、元気よくたたかっています。
青森・東北測量
「長いたたかいになりましたが、五十五歳で日本中を行脚した測量の先覚者、伊能忠敬の心境です」。こういって笑うのは、松尾泰志さん(56)。この道三十五年のベテラン測量士です。測量の仕事は、ダムや道路建設のさい、真っ先に現地に入り、綿密な測量を行います。山奥の過酷な作業が多く、重い器材を担いで出張し、長期間の滞在を余儀なくされます。
「一年のうち青森にいるのは、せいぜい二―三週間です。でも自分たちの仕事が社会に貢献するんだという達成感はありましたね」と松尾さん。
JICA(国際協力機構)の要請で、アフリカ西端のギニア共和国に赴き、四カ月かけて二万五千分の一の地形図を作製したこともありました。
残業月100時間
測量は雨が降ったら休みになりますが、日曜祝日は関係なし。そのうえ、残業時間は月百時間を超えているのに、まともに残業代を払わない会社。新入社員の半数は一年未満で退社し、四―五年たてば八割が職場を去るほど、青年労働者を使い捨ててきました。
「働く者が希望の持てる職場に」と一九八三年三月、全日自労建設一般(現・建交労)東北測量分会を結成します。
すぐに組合攻撃が始まります。独身寮や社宅から追い出し、他業種への配転、テレビカメラを設置して組合役員の監視、労務担当として元警察署長を採用しました。
最高裁で勝利
最高裁が九四年六月、「団体交渉に誠意をもって応じよ」と組合側勝利の判決を出しますが、会社は見えないぐらいの薄い字で「謝罪文」を掲示しました。労働者の抗議に、社長は「最高裁が書けというから、書いてやった」と強弁しました。
その後も不誠実な団交を繰り返す会社は昨年九月、「経営を再建する」との理由で希望退職を募集します。翌十月、委員長、副委員長、書記長を務める組合役員五人に指名解雇を強行しました。
五人は同十一月、青森地裁に提訴し、毎朝、解雇を撤回せよと社前でアピールしています。
同分会の小山内俊則委員長(57)は「二代目の有馬宣道社長は、東京ドームのグラウンド面積にほぼ匹敵する一万平方メートル余の豪邸に住み、争議対策で東京から五人の弁護士を雇っています。金さえ出せば何でもできるというやり方に断じて負けられません」と話します。
激励先=全日本建設交運一般労働組合東北測量分会 青森市中央二の六の六電話017(734)3593、ファクス017(734)3594