2006年1月15日(日)「しんぶん赤旗」

2006世界の表情 韓国

ES細胞ねつ造

「いびつな愛国主義」の指摘


 ソウル大学の黄禹錫教授が「世界で初めてヒトクローン胚(はい)から胚性幹細胞(ES細胞)を作った」とした研究論文は、すべてねつ造でした。世界最先端をゆく韓国という夢を込めた「黄禹錫神話」の虚偽を許したのは無批判な愛国主義ではなかったか――。韓国で議論百出です。(面川誠)

 韓国MBC放送の看板番組「PD手帳」は二〇〇五年十一月二十二日、研究に使われた卵子の提供者に研究チームのメンバーが含まれているばかりか、売買された卵子もあると暴露。十二月一日には、〇五年五月に米科学誌『サイエンス』に掲載された論文に紹介されたES細胞の一部が卵子提供者のDNAと一致しないと指摘、ねつ造疑惑を初めて報道します。

■倫理よりも国益

 ところが世論の批判は黄教授ではなく、MBCに集中。「売国奴」といった非難が乱舞、他の多くのメディアも「倫理よりも国益が大事だ」といった調子のMBC批判を浴びせました。

 一方、MBCプロデューサーが取材過程で研究チームの一人に脅迫と受け取られる言動をしていたことが明るみに出、MBCは担当プロデューサーなどの懲戒を決定、「PD手帳」は放送中断に追い込まれました。

 しかし、このころから論文への疑問提起が活発化します。若手科学者団体はインターネットを通じデータねつ造疑惑を指摘。ソウル大学の研究者三十数人は真相調査を求める文書を大学総長に提出しました。ソウル大学は十一日、調査委員会の設置を決定します。

 調査委員会は一月十日、黄教授による〇五年五月と〇四年二月の『サイエンス』誌論文がいずれもねつ造だったとする報告書を発表しました。

 放送再開が決定したMBC「PD手帳」の責任プロデューサー、崔承浩氏は週刊誌『ハンギョレ21』のインタビューに「今回の事態は韓国社会にはびこる成長主義を見せつけた。メディアが黄禹錫神話を作り出し、国民がこれに歓呼し、再びメディアがそれに追従し、われわれは国民から攻撃されるという悪循環につながった」と振り返っています。

 韓国に常駐するフランス人記者はインターネット新聞「オーマイニュース」にこう語りました。「愛国主義、民族主義は自然なものだ。だが、韓国の民族主義はささいなことでも、絶対に相手の批判を受け入れようとせず、無条件に防御しようとする傾向がある」

■科学者には国境

 『ハンギョレ21』の記者は「黄教授は『科学には国境がないが、科学者には国境がある』と語ったことがある。黄教授、メディア、国民の合作によるいびつな愛国主義の悲劇だ」といいます。

 研究チームの一員で米ピッツバーグ大学に在籍している韓国人科学者は韓国メディアに「研究室はまるで軍隊だった」と吐露しました。拙速主義、序列主義、愛国主義―韓国人が自ら欠点と認める韓国社会の特徴が、最悪の形で噴出した結果となりました。

 インターネット新聞「プレシアン」は「教授に歓呼した大多数の人の心に潜んでいたのは、科学の進歩への喝さいや難病患者への思いやりではなく、『大成功』を夢見る心理だった」といいます。

 「韓国を恐慌状態に陥れた」と評される論文ねつ造事件でしたが、世界をだました虚偽を韓国人みずからが暴いたことは事実です。多くのメディアと世論が黄教授を擁護するなか、リベラル・進歩的とされるメディアや市民団体、政治家が真実究明の声を上げたことは、韓国社会の変化の一端を見せました。


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