2006年1月7日(土)「しんぶん赤旗」
米核戦略で何が起きているか
国際問題研究家
新原昭治さんに聞く
核兵器の廃絶を求めた国連総会第一号決議採択(一九四六年一月二十四日)から六十周年の今年、新しい国際署名運動など、核兵器廃絶への新たな取り組みが始まっています。いまブッシュ政権下の米核戦略で何が起きているか。核問題に詳しい国際問題研究家の新原昭治さんに話を聞きました。(菅原厚)
昨年五月のニューヨークでの核不拡散条約(NPT)再検討会議が失敗した最大の原因は、核兵器のない世界の実現に抵抗する米政府の態度にありました。では、そのブッシュ政権の核戦略はどうなっているのか。
■『統合核作戦ドクトリン』
さまざまの事実から、核先制攻撃戦略がきわめて危険な新段階へと踏み込みつつあることが裏づけられます。核使用政策に重点を移した二〇〇二年の「核態勢見直し」(NPR)の結論を実戦態勢化しつつあるのです。
典型例は、核兵器作戦に関する米軍の指導文書が十年ぶりに書きかえられ、旧版にはなかった核先制使用の想定事例が、八通りにわたって生々しく描き出されたことです。『統合核作戦ドクトリン』の新版(最終調整版)です。
『前衛』(昨年八月号)でその分析をしましたが、秋には、米国でワシントン・ポスト、ニューヨーク・タイムズが報じました。ノーベル賞受賞者を含む米国の多数の学者が抗議声明を発表したり、民主党有力議員らが政府に再考を申し入れる動きが出ています。
ブッシュ核戦略のこうした動きに向けられた内外の批判は、他国には核拡散防止を強調しつつ、米国自身の核兵器の先制使用をたくらんでいるブッシュ政権の理不尽さに集中しています。
問題の『ドクトリン』は昨年八月完成予定とされていましたが、統合参謀本部は早々にホームページからこの文書を抹消し、沈黙を守っています。今後はすべて水面下で処理するのではないかとの見方もあるほどです。
現に十一月後半、核・非核双方の戦力による先制攻撃の遂行に責任をもつ「統合宇宙・全地球作戦」司令部が、米戦略軍(ネブラスカ州)の傘下で作戦活動を開始。その直前には、「全地球電撃」(グローバル・ライトニング)演習と称して、北朝鮮との核戦争を想定した図上演習を行いました(核問題専門家ハンス・クリステンセン氏による)。
米国の一学者は、核兵器使用政策をめぐり、核兵器が長崎以後使われなかったのは、核兵器を嫌悪する国際社会の事実上の制約(タブー)のせいだとする研究論文を、昨年発表しました(ブラウン大学ニーナ・タンネンウォルド氏)。
米政府の解禁文書の分析から、この国際的制約づくりに最も貢献したのは、核兵器反対の諸国民の運動であり国際世論であると結論づけました。同時に、大量破壊兵器の「拡散対抗戦略」などとして覇権追求のためブッシュ政権が核使用戦略をとるのは、核兵器使用をはばんできた国際的制約を破ることになると危機感を表明しています。
昨秋の訪米時に私は、『統合核作戦ドクトリン』の詳細な分析を発表したクリステンセン氏に会いましたが、「核使用計画にいっそう大きな役割を与えつつある米核戦略に、日本の世論もマスコミも批判の目を向けてほしい」と語っていました。
かつて朝鮮戦争中、峠三吉がトルーマン大統領の原爆使用言明に接し、病身にむち打ちながら『原爆詩集』を書いたように、この危険な動きに、被爆国日本の国民として厳しい理性の声をあげるべき時だと考えます。
■核兵器開発の大改編を狙う
一国の核戦略の実体を知りたい場合、国の政府の公式声明からは実像はほとんどつかめません。米国の核専門家らは、核戦略を現実に形成するのは、多くが秘匿された核兵器の三政策―(1)使用政策(2)取得政策(3)配備政策―だと指摘しています。
ブッシュ政権の新型核兵器開発の動きは、米議会内で抵抗を受けてきました。核兵器の「取得政策」は、計画の一端をなすエネルギー省の核兵器予算が議会に提出されるため、議論の対象になりやすいのです。
昨秋、米議会は地下貫通核兵器の開発予算を二年続きで削りました。米国の反核運動の一部は「勝利」と評価しますが、事態はそんなに甘くないと専門筋の多くは指摘します。
ディフェンス・デイリー紙によると、国防総省は地下貫通核兵器の開発をあきらめておらず、空軍当局は「核弾頭がないなら地下貫通兵器は魅力がない」と公言しました。エネルギー省の枠外で国防総省が変則的に開発を続けるとも報じています。
他方、核兵器の開発・実験・製造など核兵器づくりの全工程を、新発想のもとに転換し、「新世代核兵器」の一大体系をつくる動きが水面下で活発化しています。新年度予算には「信頼できる交代用核兵器」(RRW)計画の名で予算措置が計上されました。
思惑は入り乱れていますが、低コスト、高い耐久性、増産可能、核実験不要などを目標とした「新世代核兵器」システム開発につながり、“核兵器よ永遠なれ”の不吉な叫びに従うことになるとの警告の声が聞かれます。
■変わり始めた海外核配備
核戦略の展開で厳しく秘匿されているのは、核使用計画と密接にからむ核兵器の海外配備です。特に日本を含むアジア・太平洋方面への核兵器配備は、最も厚い秘密政策のカーテンで覆われており、目立たない形で核戦力の配備が強化されています。
代表例は、戦略核攻撃戦力として破壊能力が抜群の戦略原子力潜水艦の世界的配置が、ごく最近、太平洋超重点へと変わったことです。大西洋の五隻に対し、太平洋が九隻になりました。半年前までは七隻対七隻。その前は大西洋が重点配備でした。同原潜用の堅固標的破壊用の新型核弾頭W88も、太平洋に優先配備されました。
■日本と米国の新しい動き
ほかにも新しい動きがあります。
▽昨年春以来、十六発の核爆弾を同時に積む、核・非核両用攻撃機能をもつB2ステルス爆撃機部隊が、グアム・アンダーセン基地に初めて長期配備されました。
▽ブッシュ政権下でグアム・アプラ港を母港にした攻撃型原子力潜水艦は、昨年三隻目の配備を完了しました。攻撃型原子力潜水艦の一部の艦には、核攻撃資格の「認証」が与えられています。攻撃型原潜は最近も核巡航ミサイル・トマホークの発射実験を繰り返しており、〇五年に太平洋水域ではグリーンビル号(五年前に海洋練習船えひめ丸を沈没させた原潜)によって行われました。
▽攻撃型原子力潜水艦は、わが国の横須賀、佐世保、沖縄のホワイトビーチに寄港を繰り返していますが、9・11後、寄港日時の事前公表を一方的に中断。そのもとで二〇〇三年末、米国防総省は同型原潜への核巡航ミサイル積載の強化方針を決定しました。
▽青森県三沢米航空基地に昨年、米本国の核攻撃任務を特に指定されたF16機部隊が五カ月間配備されました。同様の動きが各地で昨年見られ始めました。
昨秋の米軍再編・日米軍事同盟強化のための日米合意文書は、米国の「核抑止力」を「日本の防衛力を補完する不可欠のもの」「地域の平和と安全に寄与」するとして、核先制攻撃戦略に立つ米核戦力のアジア展開をかつてなく露骨に評価しました。先制核攻撃戦略への日本の加担であり、広島、長崎の惨害を経験したわが国を先制核攻撃戦略の拠点にすることに通じるもので、きわめて重視されます。
■核先制使用の8つの想定事例
■─米『統合核作戦ドクトリン』最終案から
「各地の戦闘軍司令官は次のようなとき、大統領に核使用の承認を要請してよい」
*敵が大量破壊兵器を使用、または使用を企てているとき
*敵の生物兵器使用が差し迫り、核兵器ならそれを安全に破壊できるとき
*地下深くの敵の大量破壊兵器施設やそれを使う敵司令部を攻撃するとき
*圧倒的に強力な敵の通常戦力に対抗するとき
*米国に有利にすばやく戦争を終わらせようとするとき
*米軍の作戦を確実に成功させようとするとき
*敵を脅して大量破壊兵器使用を防ぐため米国の核使用の意図と能力を誇示するとき
*敵の代理人が大量破壊兵器を使うのに対抗するとき