2005年11月7日(月)「しんぶん赤旗」
厚労省試案 実施されたら
どうなる高齢者医療費
負担額が3倍の例も
厚生労働省が発表した「医療制度構造改革試案」に、不安の声があがっています。試案のなかで打ち出された、七十歳から七十四歳を対象にした自己負担増計画で、高齢者の医療費はどうなるか。東京保険医協会が実際の患者の例にもとづいて試算すると、高齢者が受診をあきらめかねないほど重い負担増になることが明らかになりました。(本田祐典)
■東京保険医協会試算
高齢者の医療費の自己負担分は、収入によって異なります。それぞれ、(1)現役並み所得者(夫婦二人の年収が約六百二十万円以上、一人世帯で年収約四百八十四万円以上)(2)一般所得者(3)低所得者(住民税非課税世帯)――と三つに区分されます。
厚生労働省が試案に盛り込んだのは、(1)七十歳から七十四歳までの一般所得者、低所得者の窓口負担を現行の一割から二割にする(二〇〇八年度から)(2)七十歳以上の現役並み所得者は、窓口負担を現行の二割から三割にする(〇六年十月めど)(3)患者自己負担の上限額を引き上げる(〇六年十月めど)―などです。
■一般・低所得者
■窓口負担2割に
一般所得者、低所得者の場合、窓口負担は一割から二割になります。
右大腿(たい)を骨折して八カ月、通院してリハビリを続けている患者の例(表1)では、一カ月十二回の受診で、いまは約三千円。ところが改悪されれば約六千円と負担額は二倍になってしまいます。
脳こうそくで寝たきりの患者の例(表2)では、現行制度で月に約五万千円の窓口負担でした。改悪されれば約十万二千円に。患者自己負担の上限額(一般所得者は四万二百円)を超えた分は、手続きすれば払い戻しを受けることができます。しかし、これも改悪されれば上限が四万四千四百円になり、四千二百円の負担増になります。
■現役並み所得者
■窓口負担3割に
現役並み所得者の場合、窓口負担は二割から三割になります。
肺がんと特発性間質性肺炎で十六日間入院、退院後は在宅で酸素療法を行っている患者の例(表3)では、現行の窓口負担は月約十二万円。改悪されれば約十八万円となります。自己負担の上限額を超えた分の払い戻しを受けることができ、現行制度では実質約七万六千円の負担です。しかし、同上限額が改悪で引き上げになれば(図)、負担は約八万七千円に。一万一千円の負担増です。
◇ ◇
試算では負担額が三倍になった例もあります。一般所得者の人が、収入は変わらないのに、新たに現役並み所得者とされた場合です。
〇六年に政府が実施する公的年金等控除の縮小などに伴い、厚生労働省は現役並み所得者の基準を変えます。夫婦世帯で年収約六百二十万円以上、一人世帯で年収約四百八十四万円以上から、夫婦世帯で約五百二十万円以上、一人世帯で約三百八十万円以上に引き下げられます。その結果、新たに約八十万人が「現役並み所得者」になり、大きな負担が押しつけられます。
ひざ関節症と椎間板(ついかんばん)ヘルニアで月に十六日通院した患者の場合(表4)、現行の一割負担で月約二千六百円。夫婦の年収が合わせて約五百三十万円だとすると、これまでは一般所得者として扱われていました。しかし新たに現役並み所得者になるため、改悪されれば三割負担になり、現行の三倍の約七千八百円に跳ね上がります。
■受診抑制さらに
負担増の結果、経済的事情で受診を控える患者が増える可能性が高まります。
〇二年十月に、高齢者の医療費が完全定率一割負担に改悪されたときも受診抑制は起こりました。厚生労働者の調査では、〇二年度の老人医療の受診率(百人あたりの年間受診件数)は〇一年度の一七七六・四九件から0・1%減り、一七七五・二四件になりました。
受診率がマイナスになったのは、月四百円だった老人医療の窓口負担を月八百円に引き上げた一九八七年度以来、十四年ぶりのことでした。
全国保険医団体連合会が〇二年十一月に実施したアンケート(千二百五十件の医療機関が回答)でも、六割を超える医療機関で、患者が「減った」と回答しています。
二割、三割の負担になればどうなるのか―。
試算した東京保険医協会の栗林令子事務局次長は言います。「あまりにもひどい負担増です。今回の改悪が実施されてしまえば、高齢者の生活は破たんしてしまいます。政府は医療費の総額を減らすために、高齢者が病院にかかるのを減らそうとしているのです。最悪の方法です」
■今の制度でさえ苦しいのに
兵庫県明石市で開業医をしている小島修司さん(44)の話 医療改悪を政府が準備しているという報道で、わたしの患者からも、不安が寄せられています。
老人医療の患者負担を一割に徹底した二〇〇二年十月の改悪のときも、負担増であきらかに患者の数が減りました。
命にかかわる事例もありました。肺を患って在宅で酸素療法をしていた人が、お金を払えずに打ちきりました。直後、病状が急変しました。
今の制度でさえ、苦しんでいる人がいるのです。我慢を重ねた結果、重症化して、余計に医療費がかかるということも考えられます。
厚生労働省の試案は、憲法に明記された国民の権利、生存権を否定するものです。やさしさのある医療を守り、取り戻さなければなりません。わたしも医者として黙っていられません。
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