2005年8月1日(月)「しんぶん赤旗」
列島だより
地域の景観 住民の力で
景勝地にマンションだめ 神奈川・真鶴町 条例に「美の原則」
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神奈川県西部の真鶴町。人口九千人余の小さな町ですが、起伏に富む斜面地と青い海が映える美しい景観を守ろうと、全国でも先駆的な「まちづくり条例」を制定したことで有名です。一月には景観法にもとづく「景観行政団体」の第一号となりました。しかし、条例を無視したマンション計画がわき起こり、町内が大きく揺れています。
問題のマンションは、町の景勝地の一つ、岩(いわ)海岸を一望できるがけ地に、横浜の開発業者が計画。地上五階地下三階(約七十戸)、高さ二十二メートルと、町のまちづくり条例の規定(高さ十メートルなど)をはるかに超える建物の建築申請を、昨年十二月に県が許可。「条例を守れ」と住民たちが立ちあがりました。
■頼朝ゆかりの“聖なる場所”
「計画地は、石橋山の合戦に敗れた源頼朝が、舟で安房にたった歴史ある『聖なる場所』です」と語るのは、「真鶴の将来を考える会」の青木透代表(75)。「条例を骨抜きにする計画を許せば、またマンションラッシュを招いてしまう」と危機感を募らせます。
町に「まちづくり条例」をつくるきっかけとなったのも、一九八七年の「リゾート法」制定後に襲ったリゾートマンション建設ラッシュでした。
日本共産党の黒岩宏次町議は「町は、指導に従わなければ給水をストップする『給水規制条例』をつくって対抗しましたが、規制だけでは限界があります。積極的に景観を守ろうと、一年がかりで町民の三分の一が意見を出すなど町民参加でつくりあげたのが、真鶴のまちづくり条例です」と振り返ります。
一九九四年一月一日に施行された条例は、景観地には建ぺい率50%、容積率100%、建物の高さは十メートルというきびしい「土地利用規制基準」を設定。さらに、建物を建てる際、場所や格付け、尺度、調和、材料、装飾芸術などを定めた「美の原則」を取り入れるよう求める先進性が、全国的な話題を集めました。
町都市計画課は「条例制定から十年間、一件のマンションも建設されなかった」と説明します。
■条例を無視し県に直接申請
しかし、問題の業者は、条例に反する大規模なマンション計画を押し通すため、「条例は憲法や関係法令に違反するから無効」「事業者に対して強制力はない」と条例をあえて無視し、県に直接申請するという“裏ワザ”を使ってきました。
町民や町議(日本共産党町議団二人を含む)らで結成した「まちづくり条例を守る会」の錦織潔会長(79)は、「良好な景観は国民共通の財産と明記した景観法も昨年できるなど、世の中は環境重視の方向に進んでいます。真鶴の条例が普通で、開発優先の建築基準法などが時代にそぐわなくなっている」といいます。
「守る会」は、看板やポスターを張り出すとともに、全国にも協力を呼びかけました。「応援や座り込みに駆けつけたい」(福岡)などの反響が続々寄せられています。
町内外の世論が盛りあがるなか、青木健町長も「計画は条例違反」とした見解を出し、町議会も三月に「建設者は条例を順守すること」の決議を採択。現在、工事の着工を食い止めています。
町まちづくり係の卜部直也主事は、「景観法の活用や土地利用の規制強化などを住民と共同して行っていく必要がある」と強調します。
黒岩町議は「他の開発業者も、虎視眈々(たんたん)と状況を見つめるなか、いまが正念場です。昨年、湯河原町との合併を阻止した住民パワーを発揮して、先進的な条例を守っていきたい」と話しています。(佐藤研二)
▼景観法 景観に関する総合的な法律。昨年、全会一致で成立し、十二月に施行されました。「良好な景観は国民共通の資産として、整備・保全しなければならない」としています。
▼景観行政団体 景観法を活用するため、自治体が景観行政団体となり景観計画を策定します。景観計画では、建物のデザインや色、形態に独自の制限を設けることができ、従来のまちづくり条例では及ばなかった規制措置も講ずることができるようになります。真鶴町では、今年度中に景観計画を策定したいとしています。
街並み・緑の保存 進むルールづくり
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地域の景観を守り育てるまちづくりが進んでいます。乱開発に抗して住民がルールづくりに立ちあがり、自治体の条例も次つぎ生まれています。“景観まちづくり”の今は――。
「街の音、香り、光守ろう」(浜松市条例)
「葛飾柴又・帝釈天 寅さんの愛した街並みを後世に」(東京・葛飾区)
「半田運河景観を守る条例成立」(愛知県半田市)
景観を守る対象は、国土交通省などによると、歴史的市街地、商店街や住宅地などの既成市街地、新市街地、農村、漁村、自然型観光地・景勝地、眺望の景観などさまざま。
■景観法の成立
多彩な条例(指針)づくりが住民と自治体の手で進み、五百を超えているとみられます。昨年には国レベルで景観法も成立し、乱開発を許さないまちづくりが加速しそうです。
景観をめぐっては東京・国立市の住民が「大学通り」に建設された十四階建てマンション(高さ四十四メートル)について、市条例の高さ制限二十メートルを超える部分の撤去を求めました。住民側が敗訴したものの一審で「景観利益」を認める判決が出て注目されています。
都市部の景観条例は、この建築物の高さ制限が大きな動きになっています。
東京・世田谷区では今年三月、世田谷区国分寺崖線保全整備条例が公布。国分寺崖線(がいせん)とは多摩川の河岸段丘のひとつです。川が十万年以上かけて武蔵野台地を削り取った崖(がけ)の連なりで、延長は約三十キロ。ブナ、シイなどの広葉樹林やわき水の豊かな自然環境をつくり、川にはサワガニがいたりします。わき水を使ってのワサビ田もある都内でも最大級の都市緑地帯です。
斜面地をマンション建設業者に狙われ、「山肌が痛々しく削られている。自分の身を削られる思いだ。条例などで規制できないのか」の声が広がり、条例ができました。
■城下町の名残
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歴史的な街並み保存をはかる倉敷市や鎌倉市、「大正浪漫夢通りの景観保全」をめざす川越市、江戸時代の城下町の名残を生かした飛騨古川町など、街並み保存は古くから住民運動が盛んです。
宮崎県日向市美々津町の「伝統的建造物群保存地区」では、百年以上前の木造建造物が、いまも大切に保存されています。東西三百三十メートルの区域で、いまも人が住みつづけ、日々の生活の営みのなかで大切に守られています。港町として栄えた江戸時代末期から一九〇〇年代初頭(明治、大正)で、いまに残る建造物が建設されたのも、このころです。