2005年3月9日(水)「しんぶん赤旗」
悲しみ、怒り 消えない
日比谷線脱線事故から5年 遺族が献花
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乗客五人の命を奪い、六十四人の負傷者をだした地下鉄日比谷線脱線・衝突事故から五年を迎えた八日、遺族や友人、東京メトロの幹部らがそれぞれ、東京・目黒区の中目黒駅近くの事故現場で、花を手向け黙とうしました。
事故が発生した午前九時一分に合わせておこなわれた地下鉄メトロ主催の行事。そこには、ことしも遺族の姿はありませんでした。三十七歳で亡くなった槙保代さんの遺族は、いまも碑への記銘さえ拒否しています。安全だと信じて命を奪われた無念と、安全対策を怠って招いた重大事故。東京メトロ(当時、営団)への怒りと、肉親を突然亡くした心の傷はいえることはありません。
営団から民営化された東京メトロによると、被害者六十九人のうち、五人との補償交渉もまだ終わっていません。
十七歳の若さで亡くなった長男、信介さんの父、富久邦彦さん(58)はこの日午後、事故現場近くの碑の前で手を合わせました。「毎月命日にはここに来ている。あいつのいない生活が、子どもを亡くした親の気持ちがわかりますか」と語りました。
藤井新也さん=当時三十三歳=の父、藤井義宣さん(80)ら遺族は、徳島市から上京。「ふたたびこのようなことがないように」と碑に花をささげ、妻の幸子さんらと賛美歌を歌いました。
この事故後、心的外傷後ストレス障害などで通院を続けている負傷者もでています。