2005年2月23日(水)「しんぶん赤旗」

主張

千島問題

スターリンの誤り正してこそ


 ことしは「日魯(にちろ)通好条約」(一八五五年)の締結から百五十年、「樺太・千島交換条約」(一八七五年)の締結から百三十年にあたります。いずれも、日ロ間の国境と領土を平和的にとりきめた条約です。三月にロシアのラブロフ外相が訪日の予定であり、プーチン大統領の来日もとりざたされていますが、領土問題での交渉は展望がみえません。

平和的に画定した領土

 プーチン大統領は、「考えられうる二島(歯舞(はぼまい)、色丹(しこたん))引き渡しの必須の前提条件は平和条約締結だ」(二〇〇四年十二月二十三日)といいます。その根拠に一九五六年の日ソ共同宣言をあげています。

 しかし、歯舞、色丹はもともと北海道の一部であり、平和条約締結前にも日本に返すべき島です。ところがロシアは、この「二島」の返還は考えてもよいが、平和条約を結んだあとにし、千島列島は検討の対象にもいれない、という態度です。とうてい認められません。

 日ロ間の領土問題は、スターリン時代の旧ソ連が第二次世界大戦の末期に対日参戦した際、南北全千島列島と歯舞、色丹を軍事占領し、その後、一方的に併合してしまったことから生じています。

 千島列島は北端の占守(しゅむしゅ)から南端の国後(くなしり)まで、日ロ間の平和的な外交交渉によって画定した日本の歴史的領土です。

 徳川幕府と帝政ロシアが結んだ「日魯通好条約」で、択捉(えとろふ)と国後の南千島は日本領、それ以外の北千島はロシア領になりました。その間を国境とし、樺太には国境線を引かず“雑居の地”にしました。

 その二十年後に、明治政府と帝政ロシアが「樺太・千島交換条約」を結び、全千島列島を日本領、樺太全体をロシア領としたのです。

 第二次世界大戦にあたり、連合国は「領土不拡大」の公約を掲げ、対日戦の戦後処理でも「自国のためには利得も求めず、また領土拡張の念も有しない」(カイロ宣言、一九四三年)ことを明確にしていました。

 ところが、スターリンは米英首脳とのヤルタ会談(一九四五年二月)で、対日参戦の条件としてソ連への千島列島の「引き渡し」を要求し、米英もそれを認め、密約を結びました。これは、「領土不拡大」という戦後処理の大原則をふみにじるものです。

 プーチン大統領は、ロシアがソ連の継承国家だと強調します。スターリンが日本の領土を奪った誤りは「継承」するのでなく、正すのが当然です。ソ連崩壊のさいに、スターリンのバルト三国併合の誤りは正されました。第二次大戦の時期のソ連による領土拡大や併合などの誤りは、ほとんどが解決されました。残るのは歯舞、色丹と千島の問題です。

 日ロ間の領土問題を解決するには、スターリンの領土拡張主義の誤りを是正せよと正面から提起し交渉する必要があります。国際的に通用し、ロシア国民も納得できる大義が重要です。

国際的な道理を明確に

 日本政府は、一九五〇年代なかばの対ソ交渉以来、ヤルタ秘密協定とその内容をもりこんだサンフランシスコ平和条約の千島放棄条項を前提にしながら、“南千島は千島ではないから返せ”と千島の解釈を勝手に変えることで返還要求を“根拠”づけてきました。これでは歴史的事実と合わず、国際的に通用しません。

 歴史的事実を正確にふまえ、千島放棄条項を不動の前提とせず、国際的な道理に立って無法を正す交渉が必要です。



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