2005年1月15日(土)「しんぶん赤旗」 イラク選挙まで2週間全住民参加は不可能にいっそうの混乱を懸念米軍撤退の具体化不可欠の声今年末の正式政権発足にむけたイラクの重要な政治ステップである暫定国民議会選挙(三十日投票予定)が二週間後に迫りました。多くの国民が政治参加を願う一方で、現在も続く米軍の占領とファルージャ総攻撃に象徴される武力弾圧強化のもと、多数の国民が選挙に参加できないことが確実となり、選挙の正当性への根本的な疑問が内外で高まっています。こうした事態は、ブッシュ米政権によるイラク戦争・占領政策の罪と破たんを改めて浮き彫りにしています。 (カイロ=小泉大介) 「私たちの調査によれば、九割近いイラク国民が選挙の重要性を理解し、それを望んでいます。しかし、中部ファルージャのあるアンバル州や北部モスルのあるニネベ州などでは、ほとんどの住民が有権者登録をしていません。首都バグダッドでも四割以上が未登録の状況です」 バグダッドの民間調査機関、イラク戦略センターのサドゥーン・ドレイミ所長は、こう指摘。「イラク国民の64%は選挙の延期を希望しており、私も同意見です」と強調しました。 選挙混乱の大きな要因は、米軍が昨年十一月に開始したファルージャ総攻撃でした。数千人の住民を虐殺したこの攻撃が開始された直後、イラク人口の二割を占めるイスラム教スンニ派の有力組織、イスラム聖職者協会が攻撃に抗議して選挙ボイコットを宣言。十二月末には同派最大の政党、イラク・イスラム党も選挙不参加を表明し、スンニ派政党・組織の大多数の選挙不参加が決定的となりました。 問題は政党・組織の側にとどまりません。汎アラブ紙アルハヤトによれば、西部アンバル州の選管責任者は「われわれは州全体で有権者登録に向けた準備をしていたのに、ファルージャ総攻撃がすべてを台無しにしてしまった」と述べ、同州住民のほとんどが選挙参加の機会を奪われたと指摘しました。 情勢の混迷をうけ、イスラム聖職者協会代表は今月八日、駐イラク米大使館高官と会談し、「米軍が撤退スケジュールを明確にすれば選挙に参加する」と提案しました。大使館側は「撤退計画を策定するいかなる意図も持ちあわせていない」と拒否。占領体制をあくまで継続する意思を鮮明にしました。 昨年十二月二十一日にモスルの米軍基地で自爆テロが発生し米兵十三人を含む二十二人が死亡したことをうけ、米軍は現在、ファルージャに次ぐモスルへの総攻撃を準備中とされます。 八日には同地近郊の村で米軍が空爆をし、女性や子どもら住民十四人を殺害しました。イラクの政治評論家、アブド・アンナアス氏は「このタイミングでモスル攻撃が強行されれば、その否定的影響はファルージャを上回る」と指摘しています。 暫定政権内から延期容認の意見イラクではこの間、全土で武装勢力の蜂起や爆弾テロ、要人暗殺があいつぎ、選挙関係者にも及んでいます。テロ行為はいかなる理由があっても許されませんが、米軍による占領継続と武力弾圧強化がテロ勢力の活動に格好の口実を与えてしまっていることは疑いありません。 選挙まで二週間となった現在も、テロの危険から、立候補者が街頭から政策を訴えることはまず不可能で、候補者名さえ多くは公表されていません。四日にはイラク共産党の有力候補者が何者かに殺害されました。 カタールの衛星テレビ・アルジャジーラは先月三十日、北部ニネベ州の選挙管理委員三十四人全員が武装勢力の脅迫をうけ辞任したと伝えましたが、同様の動きは全土に広がっています。 幹部を含めた多数の警察官や治安部隊員が武装勢力の攻撃の標的になり犠牲者が続出。「自分の身も守れない警察が投票者の安全を守れるのか」との不安の声も高まる一方です。十二日には投票所に予定されているバグダッドの中学校二校で爆発事件が発生しました。 米軍影響下の暫定政府内でも矛盾が表面化。イラク暫定政府のヤワル大統領は四日、「選挙実施が可能かどうかの見極めは国連が行う義務を持つ」と、国連の判断次第では選挙延期もありうると述べるとともに、「多くの住民が投票できなければ選挙は成功しない」と強調しました。シャアラン国防相も三日、全国民の投票を保障するため選挙延期を容認する立場を示しています。 これに対しアラウィ首相は十一日、「いくつかの地域が選挙に参加できないことは疑いない」と述べながらも、予定通りの選挙実施を強調。米側も「選挙を実施するということだけでも大きな成功であり勝利」(十一日、ラムズフェルド国防長官)などと、多数のイラク国民の不安や疑問を無視し、選挙の実施に躍起となっています。 この態度はイラク国内はもとより国際的にも、事実上の占領下で行われる選挙の正当性への疑問の声を広げています。イラクの隣国ヨルダンのカワル駐米大使は十一日、現状では四割以上のイラク国民が選挙に参加できないだろうとし、「これは選挙の信頼性への疑問を高めるものだ」と指摘しました。 選挙推進勢力も米軍撤退を要求人口の六割を占めるイスラム教シーア派は全体として選挙推進の立場ですが、同派有力指導者ムクタダ・サドル師のグループは選挙不参加を明らかにしています。同師は七日の集団礼拝で、「イラクに占領軍が存在するかぎり選挙には関与しない」と明言しました。 興味深いのは、選挙参加のシーア派政党も、米軍撤退の必要性を有権者に訴えていることです。 シーア派の有力諸政党・組織は「統一イラク連合」という名の統一候補者リストを提出しています。同連合は選挙政策の冒頭で、「完全な国家主権に基づく統一イラクの実現」とともに、「多国籍軍撤退にむけたタイムテーブルの設定」を掲げています。 同連合の中心組織、イスラム革命最高評議会(SCIRI)のハキム代表は、イスラム聖職者協会が選挙参加の条件として米軍に撤退スケジュールを明確化するよう求めたことを支持すると表明しました。 六日に開かれたイラクとイラク周辺七カ国外相会議も、すべてのイラク国民に選挙参加を呼びかける一方で、米軍の攻撃などの武力行使の停止を求めています。 一連の事態が示しているのは、イラク情勢を前向きに打開し、全国民参加による選挙を実施するには、米軍が武力弾圧を即時中止し、撤退への具体的措置を実施することが不可欠であり、現状のまま選挙を強行すれば、いっそうの混乱をイラクにもたらしかねないということです。 バグダッド大学政治学部のナディア・シュカーラ教授は次のように指摘しています。 「選挙は、ブッシュ米政権が世界に自らの正当性を示すための宣伝の手段となっています。しかし、米占領軍の影響のもとで行われる選挙と、それによって選ばれる新しい政府が正当性を持つことはありえません。選挙を延期し、米軍の撤退を進め、すべてのイラク国民や政党・組織に開かれた対話の機会をつくることが必要です」
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